北方謙三『楊家将』[全2巻](PHP文庫)

北方謙三『楊家将』
を読んだ。
お陰で寝不足になった。本当に寝食を忘れる。まさに怒涛。ハードボイルドで培われた文体なのかどうなのか、短く刻まれた言葉が重い。重いけれども、速い。そして、当然のように熱い。正直これほどとは思わなかった。どこがどう面白いとか、何がどうだから凄いんだとか、説明するのももどかしい。とにかく最高だから、読め。そういいたくなる。布団の中で没頭して朝刊の声を聞くなんて、ずいぶんと久しぶりのことだ。大学生の頃、京極夏彦にやられて以来かもしれない。これまで北方節を知らずにきた自分の迂闊さったらない。
ぼくはそもそも中国史などまるで知らない。だから、中学生の頃、吉川英治の『三国志』を青息吐息でなんとか読破したくらいで、この手の小説にはさほど親しんでもこなかった。けれども、そんな過去の嗜好など関係ない。楊業が実在した英雄だろうが遼と宋の争いが史実だろうが、そんなことはこの小説の面白さの根拠ではあり得ない。その意味でこれは歴史小説の醍醐味を味わう小説ではない。いうなれば、好漢娯楽小説である。いや、そもそもそんなラベリング自体不要だろう。もはや、北方謙三というジャンル小説なのである。
『楊家将』の原典『楊家将演義』は明代の古典で、かの国では京劇やテレビドラマでお馴染らしい。文庫の解説によれば原典自体は駄作なのだという。それは伝説や民間伝承を下敷きにしていて『水滸伝』同様辻褄の合わない展開も多く、後半になるほど妖術秘術が炸裂するなどファンタジー色が強くなるらしい。北方謙三はそれを嫌った。だから、楊家5代の戦乱を描く原典の内、北方版が描くのは楊業とその息子たちの代までである。『楊家将』
は楊業の、続編『血涙』
は生き残った息子たちの壮絶な生き様を描いている…はずだ。
荒唐無稽なファンタジーを廃した北方楊家将は、あまりにストイック、あまりに苛烈である。そうならざるを得ないほどに敵もまた靭く、魅力的である。確かに2巻というボリュームでは書ききれていないキャラクターも多い。特に楊家7人兄弟の5男延徳など本当にもったいない。さらりと描かれる複雑なキャラクターは書き込めば面白かったろうにと歯噛みしたくなる。とはいえ、そんなことはまったくたいした瑕ではない。面白すぎて、もっと読みたかったのに!と文句をいっているだけのことである。つまりは、ただの強欲である。
実のところ、楊家軍の本当の敵は遼軍ではない。ただ強大な敵と戦い、信念に従って死にゆくというなら、これは悲劇ではない。楊業の死の非業は、味方の惰弱と狡猾、帝の悲願と執着が生み出したものだ。ありていにいうなら、楊業は人間関係に悩まされるのである。そして、自らの信念が器用に立ち回ることを許さない。それが楊業の強さの根本であり、同時に弱さでもある。こうした不遇の物語は現代を生きる多くの人の心に響くはずだ。なにしろ、組織や社会の中で思うように生きられる人はそう多くない。その意味でとても普遍的である。
普遍的であることと陳腐であることは違う。当たり前だ。だからこそぼくたちは楊業に、その息子たちに、敵将耶律休哥に、あるいは遼国のスパイである王欽にさえ感情移入できるのである。そんな彼らの魅力は「思い定めた」ところにこそあると、ぼくは思う。物語の終盤、楊業と王欽の会話でそのことに気付かされた。心中に強固な意志を持っている。迷いがない。これほどに芯の通った人間を量産してみせる北方節の威力は尋常ではない。彼らは時代や、社会や、組織に殉じるのではない。あくまで自らの意志に殉ずるのである。
だからこそ、これほどに普遍的な憧れを抱かされるのだろう。
さて、そろそろ『血涙』を買いに行こうか。
【amazonリンク】
・北方謙三『楊家将』[上](PHP文庫)
・北方謙三『楊家将』[下](PHP文庫)
・北方謙三『血涙 新楊家将』[上](PHP研究所)
・北方謙三『血涙 新楊家将』[下](PHP研究所)






](http://books.lylyco.com/img/books080201.jpg)