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2005年06月28日

半村良『黄金の血脈』(祥伝社文庫)

半村良『黄金の血脈』(祥伝社文庫)半村良『黄金の血脈』を読んだ。

【天の巻】【地の巻】【人の巻】の3 巻からなる長篇時代小説だ。タイトルにある通り、著者お得意の黄金モノでもある。壮大な設定ながら伝奇色は抑え気味で、人が中心に描かれている。それだけに、クライマックスからラストに到る展開には意表を突かれた。人の優しさ、強さに希望を見ることができる、奇想に満ちていると同時に、胸に響く幕引きだ。

舞台となるのは、関ヶ原から大阪開戦前夜まで。老いたる家康にすれば、磐石の江戸幕府を準備する最もデリケートな時期である。とはいえ、誰の目にも徳川の優勢は覆し難い。そんな中、豊家復活、反徳川を掲げて暗躍する真田衆。

切り札は黄金、南蛮、キリシタン。

密かに黄金でポルトガルを味方に付け、その近代的武力を以て徳川を制しようというのだ。実現すれば、60余州に広がりつつあるキリシタン勢が挙って反徳川につくことになる。徳川圧制にやむなく従っていた諸大名も趨勢変われば、迷わず反旗を翻すだろう。

かように遠大な真田の謀略も、ひと皮剥けば、その実、様々な思惑が錯綜している。ここで大切なことは、その思惑が必ずしも好戦的なものばかりではないという点だろう。しかもことの裏には、堺の豪商今井宗薫、さらには黄金の男大久保長安といった大物が控えてもいる。そして、彼らの本当の望みは、豊家の復権でも徳川を打破ることでもない。彼らは未だ戦火燻ぶる武家の世に、さらなる高みを見ているのだ。

その思いを託されているのが主人公友右衛門と野笛である。

このカップルと彼らを取り巻く人間の魅力が、この物語の要とも言える。彼らはみなそれぞれに聡明で、その時代としては先進的であろう考えを持っている。それは自ら考えて得た達見である。だからこそ、そのポリシーに則った言動は魅力に満ちている。また、彼らの魅力を引き出しているのが、友右衛門の人間性であり、それが同時に彼の成長の源ともなっている点は重要だ。

人は誰もが"無可有の郷"に生きる可能性を秘めている。

そう信じたくなるような物語だ。

2005年06月16日

三浦しをん『白いへび眠る島』(角川文庫)

三浦しをん『白いへび眠る島』(角川文庫)三浦しをん『白いへび眠る島』を読んだ。

とてもオーソドックスな成長物語、紛うことなき青春モノだ。その照れ臭いまでの輝きと、思春期特有の不恰好な心に、羨望と共感を覚えずにはいられない。

閉鎖的な離島を舞台に、不思議なできごとが描かれる。丹念に積み上げられた島の描写が、既視感を覚えるような不思議に説得力を与えている。無粋を承知で書けば、ここで描かれる島の不思議は、一種のイニシエーションとして機能している。そういう意味では、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』と同じ構造とも言える。

ともあれ、この島がいい。

精神的支柱としての神社、合理と非合理を併せ呑む風習や掟、常に畏怖の対象であり続けている自然。今となってはファンタジーでしかありえないような世界が目の前に広がっている。そこでは、伝説の物の怪も、不思議を見る少年も、神職を支える力も、不可視の神も、全てが同じ地平に存在することが許されている。

閉じた空間。それだけで完結した世界。ユートピアというのはディストピアでもある。良くも悪くも拘らずにはいられない場所。「家」や「村」が確固とした意味を有する世界。そこは帰るべき場所であり、逃げ出したい場所でもある。そんな島民たちの心のアンビバレンツが、13年に1度の大祭に不穏な影を落としていく。

祭、儀式、怪異、神、少年、力、絆…。

島の不思議は、心躍る冒険譚でもある。

2005年06月11日

光原百合『十八の夏』(双葉文庫)

光原百合『十八の夏』(双葉文庫)光原百合『十八の夏』を読んだ。

表題作をはじめ4編を収録した短編集だ。著者はもともと童話や絵本なんかを書いていた人らしい。だからなのかどうか、文章はとてもやわらかい。1998年に出た『時計を忘れて森へいこう』は、ぼくの中に心地よい印象を残している。東京創元社という推理小説にうるさい版元から出たそれは、端正なミステリでありながら、自然と人の心を中心に据えた優しい作品だった。

光原作品にはよく「癒し」という言葉が使われる。

もちろん、それが間違っているとは思わない。何に癒されるかはその人の自由だし、この著者の文体や視点に優しさを感じるのはごく自然な感性だと思うからだ。ただ、妙な偏見をもって読んだのではもったいないとも思うのだ。

たとえば、彼女の作品には、意外に暗い影を背負ったものが多い。けれども、その節度を弁えた語りや、善良な登場人物たち、着地のしなやかさが暗雲を払拭し、やわらかな読後感を与えてくれる。それはどんな甘い印象を残す作品にも言える特徴だと思う。

ただ、作品によってその匙加減が違っている。光の部分がより多く語られる場合もあれば、影の部分に重心が傾くこともある。そのあたりの好みが、作品ごとの好き嫌いを生むのかもしれない。ちょっとした匙加減で、それほどに印象が違ってくる。ただし著者の姿勢に揺らぎはない。

凛として真摯な作風。ぼくはそんな風に思っている。

2005年06月08日

荻原浩『オロロ畑でつかまえて』(集英社文庫)

荻原浩『オロロ畑でつかまえて』(集英社文庫)荻原浩『オロロ畑でつかまえて』を読んだ。

とにかく楽しくて、もちろんハッピーエンド。久しくそんな物語に触れていなかったように思う。遠慮も慎みもないドタバタと、そこはかとないおかし味。いいものを読んだ。

最近『明日の記憶』という作品で「山本周五郎賞」を受賞したらしく、書店でこれまでの著作が平置きになっていた。それでたまたま手に取った。タイトルが妙チクリンで可笑しかったので、ろくに中身も確かめずに買った。「小説すばる新人賞」受賞のデビュー作らしい。著者はその頃コピーライター。今は専業作家のようだけれど、勢いのあるおかしな発想は職業柄かもしれない。

主人公は弱小広告プロダクションの社員。身近な世界を題材に選んだだけあって、さすがに活き活きと描かれている。みんな一癖も二癖もあるキャラクターなのに、こんな奴いそうだなと思うような人間ばかり。

彼らが寄って集って村おこしキャンペーンをぶち上げることになるのが、過疎中の過疎、田舎中の田舎ともいうべき僻村だ。名物も目玉もない。おこそうにもおき上がる力など端からないのである。それを弱小プロダクションが目先の金のためだけにどうにかしようというのだ。そのはっちゃけた無謀さと言ったらない。話は思惑通りのドタバタ劇に雪崩れ込む。

広告社の面々、僻村のちょっと歳のいった青年団員たち、話題に群がるマスコミ人…。それぞれのカリカチュアライズされた造形が絶妙の対比を見せつつ、全く厭味になっていないところに著者の視線の確かさを感じる。読み進むうちに素直に村の人たちを応援したくなる。ボロを出しそうになるとハラハラする。まったく思う壺である。

そんなストレートなユーモア小説だけれど、登場人物たちの内面を想像させるエピソードもしっかりと用意されている。主人公の今時な悩みや、自分の道を見つけ選び取る女子アナの姿など、笑いの中にもちゃんと人として大切なものが鏤められている。多少うまく行き過ぎるきらいはあるけれど、これくらいが明るくていい。

心ほぐれる一篇だ。

2005年06月05日

鯨統一郎『新・世界の七不思議』(創元推理文庫)

鯨統一郎『新・世界の七不思議』(創元推理文庫)鯨統一郎『新・世界の七不思議』を読んだ。

いわゆる歴史の新解釈モノで、シリーズ前作『邪馬台国はどこですか?』は著者のデビュー作品集だ。いまだ解明されていない歴史上の謎を、一介の雑誌ライターが飄々と解き明かしてしまう。しかも、寂れたバーでレクチャーされた内容だけを頼りに。実に痛快な趣向のシリーズだ。

今回取り上げられている謎はアトランティス、ストーンヘンジ、ピラミッド、ノアの方舟、始皇帝、ナスカの地上絵、モアイ像の7つ。歴史オンチのぼくでも、みんな名前くらいは聞いたことがある。歴史解釈の意外性と妥当性がウリの作品ではあるけれど、ぼくのような「"聞いたことがある"レベル」の人でも十分楽しめるから心配はいらない。何しろ、謎を解き明かす安楽椅子探偵役が「"聞いたことがある"レベル」の人なのだ。各登場人物の役割もはっきりしていて、レクチャー役の歴史学者、資料係のバーテンダー、オブザーバーに古代史の世界的権威である大学教授といった具合だ。

4人の軽妙を通り越して少々スラップスティック気味な会話が主となって話は進む。彼らの楽しげな歴史談義を聞く内に、何が謎で、現状どういった解釈がされているのか、といった基本事項がなんとなく解かったつもりになれるのも著者の腕がいい証拠だと思う。確かに日本史を題材にした前作に比べると若干大味な印象はあるけれども、ぼくは歴史マニアではないし、この本は歴史の研究書ではない。しかも、開示される真相(新解釈)はどこからどうみても意外で、かつ腑に落ちるものばかりとくれば文句はない。

コメディなのにスリリング。絶妙だと思う。

ところで、最後にちらりと囁かれる日本観は、知の巨人明石散人の仕事を思わせるものだ。この着眼に興味を持った方は彼の著作を是非。特に講談社からでている鳥玄坊3部作は強烈だ。それはそれは物凄いスケールのお話で、激しく、一際激しくお勧めの逸品。

ただし鯨統一郎も明石散人も難しいことを考えて読んじゃいけません。

2005年06月02日

いしかわじゅん『業界の濃い人』(角川文庫)

books050602.jpgいしかわじゅん『業界の濃い人』を読んだ。

著者はもちろん、テレビに出ればダンディで物腰も柔らかく、いつも笑顔でズビズバと厳しいことを言い放つ、あのいしかわじゅんだ。漫画家で作家でテレビや舞台にも顔を出すとても多才な人だ。これでメジャーじゃないと言い張るのは難しいけれど、何故かマイナーなイメージがつきまとう人だ。考えてみればぼくだって「BSマンガ夜話」以外の印象はそれほどない。絵を見ればそれと分かる程度には知っているのに、ろくに漫画作品を読んだことがないのだ。それはそれで不思議な話だ。

けれども、この本を読んで理由が分かった。

いしかわじゅんは趣味の人なのだ。徹頭徹尾趣味の人だから、やりたくないことはやらない。それで食っていける才能に恵まれているのだ。だから、当然のように仕事を選ぶ。その選び方がどうやら随分と偏っているらしいのだ。というより、メジャーな舞台にあがっても、きっと好きなことしかやらないに違いない。いしかわじゅんの辞書にマーケティングという言葉はないらしい。マーケティングで『まじかる☆タルるートくん』を描いた江川達也とは対極の人だ。

まあ、要約すると、激しく頑固で著しく偏った濃い趣味人なのだ。

なんだ、業界の濃い人なんて自分のことじゃないか…と気付いた人は偉い。その通り。これはその濃い人が濃い他人をズバっと料理して読ませるという、どうにも滋味溢れ過ぎなエッセイ集なのだ。文章はまさに軽妙洒脱。だいたいああいう気難しい顔をした人ほど面白可笑しい文章を書くものだ。ひょうきんなお調子者が笑いを作るわけではない。

とりあえず、目次に並んだ著名人を見て、5人以上知っているようなら迷わず買おう。文庫版にはオマケまでついていてお買い得だ。ただし、文庫版オマケ1を読むときは注意が必要だ。

ぼくは電車で吹き出して大変気マズイを思いをした。

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管理人について

名前:りりこ [ lylyco ]

大阪市内で働く食生活の貧しい会社員です。他人の気持ちがわかりません。思いやりが足りぬとよくいわれます。そういう人のようです。

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