打海文三『裸者と裸者』[全2巻](角川文庫)

打海文三『裸者と裸者』[全2巻](角川文庫)打海文三『裸者と裸者』を読んだ。

とにかく、下巻でメインを張る双子がいい。もちろん、上巻の主役である海人という名の孤児も相当に魅力的だし、彼の真直ぐな心根あってこその双子だともいえる。それにしても、役者が違う。ほとんど異形といえるくらいに限りなくひとつの人格に近い双子の姉妹。彼女たちのリベラリズムは突き抜けている。姉妹の言葉にはおよそ欺瞞というものがない。翻って、現実に数多いるリベラリスト気取りのいかに欺瞞に満ちていることか。果たして、極限状態においてリベラルを貫ける自称リベラリストがどれほどいるだろう。

舞台は紛争地帯と化した日本。政府軍、反政府軍、ゲリラ、マフィア、自警団…。既に共有され得る正義も規範もなく、日常的に暴力、略奪、レイプが繰り返される。生き残るためには武装するよりなく、力のない者、知恵のない者から確実に死んでいく。海人は八歳にして孤児となり、妹と弟を守り抜くことを決意する。早とちりしてはいけない。これは健気な少年が混沌の世を生き抜く涙と感動の物語などではない。作者は悲痛な現実をことさら悲痛に描くことも、少年の無垢をことさらに謳いあげることもしない。

海人は妹弟を守るために生き、生きるために食い、食うために兵士となる。殺人を是としない健全な精神は、無垢のままであり続けることを許されない。妹弟を殺さず、仲間を殺さないために、彼はより優秀な兵士へと成長していく。彼を生かすのはブレのない健全な精神である。彼はその真直ぐな心で、真に強く心ある大人を味方につけていく。実に正統的な主人公像であり、あとがきで北上次郎が書いているように、正統的なビルドゥングスロマンといってもいいかもしれない。けれども、それは上巻だけの話である。

下巻に入ると、フォーカスは双子の月田姉妹に移る。彼女たちは成長しない。少女にして既に成っている。人格に境界がなく完全なコミュニケーションを成立させている二人は、おそらく、それ故に他者とのディスコミュニケーションを決定的に実感している。だから、一度は命を救われ、そして命を救ったこともある相手が価値観の違いから敵と化したとき、彼女たちはいう。「言葉がつうじないんだ」と。姉妹は自分たちの美意識、自分たちの正義(あるいは不正義や欲望)のために武装し、立ちはだかるすべてを粉砕して進む。

社会のルールでも法律でも不文律でも何でもいい。すべての秩序は、それがあって都合のいい人間のためのものでしかない。そこから利益を得る者がいれば、必ずどこかにその利権から排除される者がいる。であれば、制度というのは遍く差別を内包せざるを得ない。欺瞞のないリベラリストである月田姉妹は、あらゆる差別を否定する。人種、男女、性的マイノリティはもちろん、思想的、宗教的マイノリティさえ認める。相容れることない敵をも認める。否応なく、月田姉妹は混沌を志向する。銃を持ち、秩序を破壊する。

海人と月田姉妹、対照的なふた組の主人公を通して描かれるのは、一見いかにも救いようの無い現実である。ラスト、物語は一応の小休止を迎えるものの、それで何かが終わったわけではない。停戦成るも、まだまだ情勢は不安定である。そんな中、一個の悲劇が主人公たちを襲う。そこで幕となる。この2冊は、そもそも大長編の第1部となるべく書かれたものであるらしい。なるほど、世界は本の外へと続いている。けれども、続篇『愚者と愚者』を遺して、著者打海文三が急逝。シリーズは未完のままとなってしまった。

けれども、そんなことに頓着する必要もないくらいに面白い。


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打海文三『裸者と裸者(下) 邪悪な許しがたい異端の』(角川文庫)
打海文三『愚者と愚者(上) 野蛮な飢えた神々の叛乱』(角川書店)
打海文三『愚者と愚者(下) ジェンダー・ファッカー・シスターズ』(角川書店)

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