伊坂幸太郎『死神の精度』(文春文庫)

books080218.jpg伊坂幸太郎『死神の精度』を読んだ。

この作家、短篇がすこぶる好い。なんだかそんな気がしてきた。もちろん、ぼくの好みの問題もあるかもしれない。いや、長篇も好きなんだけれども、短篇はより伊坂節にキレがあるように思う。確かに、構成の精妙さでいえば長篇に分がある。反面、冗長に見える部分がなくもない。そういう意味でぼくは、ミステリ的なオチの面白さより、文章の方により魅力を感じているのかもしれない。といっても、ぼくがこれまでに読んだ作品はこれより前に書かれたものばかりだ。以降の長篇はより洗練されている可能性もある。

最近、小説を読み始めたんだ、何かお勧めの本はない?…たとえばそんな風に訊かれたら、今なら迷わずこれを薦める。それくらいに読みやすく、文章に味わいもある。するすると流れるように読んでも、噛みしめるように味わいながら読んでもいい。しかも、キャラクターが実にキャッチーだ。<ミュージック>に目がないクールな死神。彼は死の調査員である。8日後に死を用意された対象者に近付き、その死を見送るべき理由はないか調査する。それが彼の仕事である。そして結果はおよそ「可」と決まっている。つまり死である。

この作品が類希なリーダビリティを誇り、キャラクター小説的でさえありながら、ありふれた読み捨ての娯楽小説に堕していないのは、ほとんど奇跡的といってもいい。もう、村上春樹の亜流なんて域はとうに脱している。言葉に対する感度の良さ、ユーモア、そして、確固とした構想力と絶妙にズレた新奇な発想。作を追うごとにその文章には洗練が加わって、まるで非の打ち所がない。そして、一見理不尽で非情な死を描きながら、死を通して幸と不幸を相対化してしまう。その手技のなんと鮮やかなことか。

収録された6篇はとてもバラエティに富んでいる。冒頭の「死神の精度」は、一見、死神のキャラクター紹介に重きを置いているようで、実は最も特異な位置を占める重要な1篇で、ミステリ的には日常の謎の系譜である。続く「死神と藤田」は一種のハードボイルドだろうか。「吹雪に死神」は変種のクローズドサークルものだし、「恋愛で死神」は文字通りの恋愛物語、「旅路を死神」はロードムービー的な趣向で、最後の「死神対老女」は軽度な叙述トリック系ミステリ。極軽いタッチで物語全体にもちゃんとオチをつけている。

この本の魅力を伝える一番手っ取り早い方法は、実は、魅力的なフレーズをどんどん引用することだ。だから、この文春文庫の解説は実に正しい。その解説でも引かれている一文をここでも引いてみる。「人間が作ったもので一番素晴らしいのはミュージックで、もっとも醜いのは、渋滞だ」…件の死神の台詞である。これだけで死神に共感できてしまう。<ミュージック>がらみではこんなのもある。「理由は分からないが、私の考えではたぶん、ミュージックとカラオケの間には越えがたい深い溝があるのではないだろうか」

音楽と小説が好きならこれを読まない手はない。


【収録作品】
・「死神の精度」
・「死神と藤田」
・「吹雪に死神」
・「恋愛で死神」
・「旅路を死神」
・「死神対老女」

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