半村良『黄金の血脈』(祥伝社文庫)

半村良『黄金の血脈』(祥伝社文庫)半村良『黄金の血脈』を読んだ。

【天の巻】【地の巻】【人の巻】の3 巻からなる長篇時代小説だ。タイトルにある通り、著者お得意の黄金モノでもある。壮大な設定ながら伝奇色は抑え気味で、人が中心に描かれている。それだけに、クライマックスからラストに到る展開には意表を突かれた。人の優しさ、強さに希望を見ることができる、奇想に満ちていると同時に、胸に響く幕引きだ。

舞台となるのは、関ヶ原から大阪開戦前夜まで。老いたる家康にすれば、磐石の江戸幕府を準備する最もデリケートな時期である。とはいえ、誰の目にも徳川の優勢は覆し難い。そんな中、豊家復活、反徳川を掲げて暗躍する真田衆。

切り札は黄金、南蛮、キリシタン。

密かに黄金でポルトガルを味方に付け、その近代的武力を以て徳川を制しようというのだ。実現すれば、60余州に広がりつつあるキリシタン勢が挙って反徳川につくことになる。徳川圧制にやむなく従っていた諸大名も趨勢変われば、迷わず反旗を翻すだろう。

かように遠大な真田の謀略も、ひと皮剥けば、その実、様々な思惑が錯綜している。ここで大切なことは、その思惑が必ずしも好戦的なものばかりではないという点だろう。しかもことの裏には、堺の豪商今井宗薫、さらには黄金の男大久保長安といった大物が控えてもいる。そして、彼らの本当の望みは、豊家の復権でも徳川を打破ることでもない。彼らは未だ戦火燻ぶる武家の世に、さらなる高みを見ているのだ。

その思いを託されているのが主人公友右衛門と野笛である。

このカップルと彼らを取り巻く人間の魅力が、この物語の要とも言える。彼らはみなそれぞれに聡明で、その時代としては先進的であろう考えを持っている。それは自ら考えて得た達見である。だからこそ、そのポリシーに則った言動は魅力に満ちている。また、彼らの魅力を引き出しているのが、友右衛門の人間性であり、それが同時に彼の成長の源ともなっている点は重要だ。

人は誰もが"無可有の郷"に生きる可能性を秘めている。

そう信じたくなるような物語だ。

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