北村薫・宮部みゆき編『名短篇、ここにあり』(ちくま文庫)

books080722.jpg北村薫・宮部みゆき編『名短篇、ここにあり』を読んだ。

新刊書店で適当に選んで本を買う。まあ、ネットで読んだ書評やなんかで買うこともあるけれど、割合としてはごく小さい。そんなぼくにとって、こういうアンソロジーは結構ありがたい。こういうというのがどういうのかといえば、「新刊書店じゃ間違っても平台に載りそうにない作品が読める」といったところだろうか。新刊書店の宿命として旧作に類する本は非情なまでに淘汰されやすい。過去の作品が読めるのは、もう本当に著名な一部の作家に限られる。だから流行の本に席巻されがちな平台に、復刊された古今の名作が載っているのを見付けると嬉しい気持ちになる。

このアンソロジーの「意外な作家の意外な作品」という視点がまた良い。のっけから半村良の「となりの宇宙人」なんてちょっと間の抜けた短篇が入っている。半村良といえば伝奇SFのイメージが強い。ところが、この収録作品は笑えるオチまでついたコメディタッチの人情話になっている。もちろん半村良には伝奇SFだけでなく、心に沁みる人情話の傑作もあるのだけれど、こんな風に肩の力の抜けたアイデアストーリーは珍しいように思う。松本清張の「誤訳」なんかも、事実の裏に隠された真実…というような構造自体は「らしい」のだけれど、とても新鮮に読めた一篇。

乙一の「夏と花火と私の死体」なんかが好きな人は、吉村昭「少女架刑」の容赦ない死体視点と比較してみるのも面白い。金目当てに献体され切り刻まれ骨になるまでの様子が淡々と、けれども酷くセンシティブに描かれる。その想像力と筆力はちょっとやそっとのものではない。ラスト、ページ越しに聞こえてくる音がいつまでも耳に残る佳作だ。また、秀逸すぎるイマジネーションにやられるのは、黒井千次「冷たい仕事」と山口瞳「穴-考える人たち」の2篇。霜に憑かれたサラリーマンとか、穴掘りと奇妙な会話の応酬とか、境界のあやふやな非現実に頭がクラクラする。

城山三郎「隠し芸の男」なんかは、サラリーマンの悲哀を超えて恐ろしささえ感じる。いわば、旧式サラリーマンのリアルホラーともいうべき恐怖小説。読後感のいい話ではないけれど、じわじわとくる。井上靖「考える人」も凄い。即身仏となったコウカイ上人の木乃伊を追う4人が、道々コウカイ上人が木乃伊になるまでの人生を語りだす。4人の語りは完全に彼らの主観の産物だ。にも関わらず、件の上人の人物史が妙な説得力を持って立ち上がってくるという怪作。他、取り上げなかった作品については個人的に突出したものは感じなかった。とはいえ、アベレージは高い。

総じて、読んで損のないアンソロジーだと思う。


【収録作品】
・半村良「となりの宇宙人」
・黒井千次「冷たい仕事」
・小松左京「むかしばなし」
・城山三郎「隠し芸の男」
・吉村昭「少女架刑」
・吉行淳之介「あしたの夕刊」
・山口瞳「穴ー考える人たち」
・多岐川恭「網」
・戸板康二「少年探偵」
・松本清張「誤訳」
・井上靖「考える人」
・円地文子「鬼」

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北村薫・宮部みゆき編『名短篇、ここにあり』(ちくま文庫)
北村薫・宮部みゆき編『名短篇、さらにあり』(ちくま文庫)
乙一『夏と花火と私の死体』 (集英社文庫)

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こんにちは。この前は本の紹介ありがとうございます。
さらにあり、ここにあり 間違って購入してしまいましたw
が、こちらもよかったです^^

> dropdbさん
あはは、間違っちゃいましたか。
間違っても愉しめたなら結果オーライってことで。
「さらにあり」はまた輪をかけてクセの強いお勧め本です。
…というか、コメントにあんまり草生えてないし!
なるほど、他所宅仕様では草は1個まで、とw

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