半村良『戸隠伝説』(河出文庫)

半村良『戸隠伝説』(河出文庫)半村良『戸隠伝説』を読んだ。

『戸隠伝説殺人事件』ではない。ミステリではなく伝奇SFである。さすがはジャンル開拓者自らの作だけあって、大風呂敷の広げ方が並みではない。広げすぎて、ほとんど序盤戦だけで話が終わってしまっている。この食い足りなさが、この心のもやもやが、この癒されることのない渇望が、たまらなくいい。読後までイマジネーションを刺激する。

河出書房新社が近頃にわかに半村良を推しているらしい。先月辺りに出たKAWADE夢ムック『半村良 SF伝奇ロマンそして…』に続いて、今月はこの戸隠が、来月には『英雄伝説』が出る。こうして入手困難だった著作が手軽に買えるようになるのは、ぼくのような遅れてきた読者には大変にあり難い。その内に文庫で全集でもでないかとさえ思う。

それはともかく、戸隠である。いわずと知れた岩戸伝説の舞台である。長野の観光資源としてどの程度地域活性に寄与しているのかは不明だけれど、伝説のジャパニーズ・ストリッパー天鈿女命を擁する火之御子社など、男子たるもの一度は参拝しておくべきだろう。ちなみに、天照大神を頂点とする神々は、本作では敵ということになっている。

さあ、もういきなり突拍子もない話になってしまった。これではファンタジーか何かと誤解されかねない。話を戻そう。作品の舞台はあくまでも現代の日本である。著者を思わせる作家、水戸宗衛とその周辺の描写などは、かなり現実に即した内容になっているようだ。リアルである。トンデモ世界への入り口はリアルであればあるほどいい。

水戸宗衛は作中で『戸隠伝説』なる小説を発表している。言及される連載時期などは、当時、実際にこの作品が連載された時期と同期している。ここで著者はメタフィクショナルな仕掛けを施しているのである。連載を読んでいる読者から見れば、この作品が単行本化される未来が、そこに描かれていることになるのである。面白い。

その本が発端となって、水戸のアシスタントをしている主人公に異変が起こり始める。あるはずのない記憶の覚醒、不思議な老人の出現、そして水戸の失踪を契機に、異変は異変ではなくなり世界は雪崩を打ったように反転していく。その導入に誰もが共感しやすい恋愛を置いた辺りにエンターテイメント作家としての著者の巧さが感じられる。

非日常へ引きずり込む手際の良さについのせられてしまう。

舞台が東京から戸隠へ移れば、もうそこは神話の世界である。神々の世界を神話の時代よりも以前にまで遡って見出す著者の発想力は凄まじい。天照大神、天八意思兼命、天手力雄命、天鈿女命といった『古事記』のキャラクターたちを弥生文化系の新しい神と規定し、それ以前の土着の神々として縄文文化系の神々を創造するのである。

アマテラス系の台頭によって名を奪われ、神の座を引き摺り下ろされた旧神たちが、俗界に追放されていた主人公の帰還を待って報復を開始する。主人公こそが旧神たちの頭目であり、蘇った記憶こそが追放以前の神代の記憶だったのである。俗界の記憶を持った主人公がその知恵を利用して戦う辺りは『戦国自衛隊』を髣髴させる構図である。

神々の戦闘描写がまた大変に絵的で、スペクタクルに富んでいる。

何しろ、主人公方の主兵力は遮光器土偶、敵方の主兵力は埴輪である。これが霊力によって生きた兵となる。さらに、それらは霊力を蓄えた武器を持ち、雷光をもって敵を攻撃する。レーザーガンを装備した人型戦闘ロボット、あるいは映画“CASSHERN”のツメロボ軍団みたいなものを想像してしまった。破天荒ここに極まれり。

正直にいえば、これは文庫1冊で収まるような話ではないと思う。たとえば、神々の世界にシフトしてからは、まったく俗界とリンクしないし説明もない。ヒ一族の巫女が出てくるのはファンとしては嬉しいところだけれど、思ったほど活躍の場は与えられない。主人公以外の旧神たちも、まだまだポテンシャルを使いきってはいない。

また、アマテラス勢全体から見れば、たかが1個師団に過ぎないタチカラオ軍との戦いだけで、この物語は終わっている。ボドル基幹艦隊との戦闘だけを語る“超時空要塞マクロス”みたいなもので、いくらでも続編がつくれそうな余裕のある設定といって良い。勿体無い。細部に踏み込むに十分なネタがいくらでもある。あまりに贅沢な一冊である。

せめてこの3倍くらいの分量で書いて欲しかったと心から思う。

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