半村良『石の血脈』(集英社文庫)

半村良『石の血脈』(集英社文庫)半村良『石の血脈』を読んだ。

伝奇SFの幕開けを告げた作品。それだけでも読まずに済ませるわけにはいかない。エポックメイキングとはこういう作品をいうのだと思う。早川書房から初版が出たのは、なんと1971年である。ぼくなどは生まれてもいない。それが今なお色褪せないのだから凄い。しかも、これが著者の長篇デビュー作なのである。尋常ならざる力の奔流に圧倒される。

吸血鬼や狼人を扱ったホラーは珍しくない。アトランティスなど超古代文明を扱ったファンタジーも数多あるだろう。巨石文明やなんかの遺跡を扱った歴史ロマンも探せばそこそこありそうである。けれども、これら広範なテーマをひと筋に縒り合わせ、現代日本を舞台に奇想天外な物語を紡ぐとなると、これはもう他に類例があるとは思えない。

この壮大な荒唐無稽さこそ半村良最大の魅力だろう。

しかも、著者はエンターテイメントに胸を突くメッセージを込める。それは人間の本性を直視せよという実に直截なメッセージである。中でも、権力に対する視線は痛烈で容赦がない。この作品では建造物が権力の象徴として語られる。権力構造の中に半ば運命的にその身を投じる主人公は若き建築家である。彼の運命は必然的に過酷だ。

未来を嘱望される建築家隅田の貞淑な新妻が失踪する。それも、多分に性的な疑惑を残して。約束されていたはずの未来は不安定に揺らぎ、隅田は微妙な立場に追い込まれる。けれども、それは大きな謀略の極めて小さな断片に過ぎない。やがて彼は翻弄されるように権力の中枢へと引き込まれていく。ただし、支払うべき代償は決して小さくない。

彼は上昇志向の強い、非常に魅力的な男として登場する。ヒーロー然としたこのキャラクターを、けれども、著者は決して英雄として描こうとしない。それでも、ある時点まではダークヒーロー的な見方もできなくはない。ところが、著者はその地位すらも容赦なく奪い去ってしまうのである。真実の中に見つけるのは苦渋ばかり。どこにも救いはない。

あまりに哀しい主人公である。

この著者の作品はスケールがあまりに大きいため、いくら長くても物足りないということが往々にしてある。この作品も、1冊の本としては相当に大部であるにもかかわらず、駆け足の感がないとはいえない。長篇デビュー作ということで、全体のバランスや、キャラクターの魅力といった点で、後続作に届かない面もあろう。

それでも、既にして百凡の小説にはない圧倒的なパワーがここにはある。

その比類ない混沌の力は、読者を力尽くで伝奇世界へ引き摺り込む。現実世界に闇を感じさせる。淫靡な色に染まる繁華街のレジャービル群。その隙間から零れ出る闇を幻視するようになる。都市は途端に妖しげな光を放ち始め、夜の住人たちが現実味を帯びて脳裏に立ち現れてくる。欲望を媒介としたイマジネーションは理性を超えて侵入してくる。

たとえアトランティスを知らなくても、吸血鬼伝説や狼人に詳しくなくても、この面白さを享受するのに何ら不都合はない。まるで詳しくないぼくがいうのだからこれは間違いない。もちろん、その辺りの知識があればもっと楽しめるのかもしれないとは思う。きっと、思いもかけない着想や奇想に満ち満ちていることだろう。

本物のエンターテイメントを求めるならこの本を積み残すことは許されない。

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comment - コメント

お久しぶりです。

私がこの本を読んだのは大学生の頃ですから、今から25年以上も前のことです。「闇の中シリーズ」を読んで半村良にはまり、片っ端から読みあさりました。
半村良作品は、人情系とSF系に分かれると思っていますが、この「石の血脈」はSF系の中でも大傑作の作品で、半村良の代表作だと私も思います。(直木賞を受賞した「雨やどり」は人情系の代表作ですね。)
当時「いしのけつみゃく」だとばかり思っていたのに、血脈という言葉が仏教用語で「けちみゃく」と読むのだと教えてもらったのも驚きの発見でした。

なお、半村作品には、数少ない人情系でもSF系でもないものがあるんですが、その部類の中の傑作に「女帖」という短編エッセイ集があります。もしまだ読まれていないならぜひ読んでみてください。お勧めです。

Ozさん、いらっしゃいませ。そして、お久しぶりです。
いつも映画の感想を楽しみに拝読しています。

ぼくはずいぶんと遅れてきた半村ファンなので、まだまだ未読の本が山積みです。といっても、新刊書店ではあまり手に入らないのが辛いところ。見かけたときは買うようにしているのですが、ここのところ新装版が相次いで出版されているのは嬉しい限りです。

『女帖』ですか。まったくもって未読です。そもそもこの作家のエッセイ自体読んだことがありません。これはぜひ探してみようと思います。検索したところ1980年の文春文庫以来新版が出た様子はないので、これもやはり古書探しということになりそうですね。お勧めありがとうございます。

文庫になった「石の血脈」四だ。
30年ブリに。 トンデモ本+知ったかぶりの長広舌 と感じてしまった。
昔 何であんなに感動したのか不思議 今思うと。 
読書人にすごい評価を受けたみたいだが 当時。
フリー迷村なんて 単なる 親睦会でないの? 今や。
「妖星伝」もなんかハチャメチャで尻切れトンボで終わりだし。 「山椒魚をおでこにくくりつける」あたりからだんだん疲れてきた。

三村時代よ永遠慣れ。

昔「妖星伝」に嵌りかけたおやじさん、いらっしゃいませ。
確かに、伝奇ものと呼ばれるジャンルはトンデモ要素が多かれ少なかれありますよね。一方、衒学趣味というのもひとつの娯楽みたいなもので、学問的、現実的に追究してしまうと却って白けてしまうネタが少なくないですし。フリーメイソンというのも、起源がはっきりしなかったり、活動内容が公表されていなかったり、入会や昇格の儀式があったりするところにロマンを見出しているというだけで、現実には仰るとおり特に差し障りなんてない団体なんだろうと思います。
『妖星伝』はアレですね。あれだけの年月書けずにいたものを、あれだけの飛躍をもって終わらせた力技に感動してしまいましたが。いずれ、無難な着地の似合わない作家でしたね。このジャンルの作品においては、ですが。

初めまして、お邪魔します。
「石の血脈」、以前より色んな作家さんが絶賛していたので気になっていた本でした。連休を利用して読んでみたのですが…(角川文庫版)

巨石伝説とかの伝奇部分は面白かったんですが、主人公にまったく惹かれませんでした。しつこいくらい美男子だの威厳を備えているだのと書かれているのですが、いつも後から真相を知らされて「そうだったのか…」とか言ってる頭カラッポのボンクラ男にしか見えず、最後の方は「とっとと死んで終われ」と思いながら読んでいました(酷)
まだ親友のカメラマンの方が魅力あったなあ。

あと私は結婚前に建築業界にいたのですが、建築界のホープが夜の8時前には家にいて嫁と乳繰り合う余裕なんかないですw
土曜の午後2時にオフィスが無人になることもありえません。
(70年代はそうだったのかなあ)
なんだか伝奇部分の描写に夢中で、普通の生活の描写がおろそかになってる感じでした。

他のブログなども見てみたのですが、ノスタルジー込みで絶賛している所ばかりだったので辛口コメントの『昔「妖星伝」に嵌りかけたおやじ』さんに便乗して書かせて頂きました。
SFを読むのは久々だったので、無理解な発言でしたらご容赦下さい。
乱文失礼いたしましたm(_ _)m

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