米澤穂信『愚者のエンドロール』(角川文庫)

米澤穂信『愚者のエンドロール』(角川文庫)米澤穂信『愚者のエンドロール』を読んだ。

これがかなり真面目にミステリしている。印象としては新本格台頭期のミステリに近い。少々マニアックだといってもいい。要するに、登場人物たちがミステリについて少なからず言及するのである。巧いのは、それを不自然に感じさせない設定である。

焦点となるのは、学園祭用のビデオ映画である。内容はもちろんミステリだ。これが未完のまま終わっている。そこで、途中まで撮られた映画を元に脚本の続きを推理しようという話である。これで登場人物たちは堂々とミステリについて語り合うことができる。

ぼくは特にミステリに造詣が深いわけではないから、バークリーだクリスティだといわれても、嬉々として話を合わせられるほどの知識は持ち合わせていない。それでも、ビデオ映画をネタにした推理合戦は十分に楽しめたし、定番のどんでん返しも堂に入ったものだった。

途中、次々に繰り出される推理は、どうにも不確定要素が多く見える。完成された映画の結末にして、その弱さは拭い切れない。けれども、ここで投げ出しちゃいけない。もう少し緻密にいって欲しかったとも思うけれど、ロジックより物語に軸足をおけばこれが正解だろう。

前半の弱さはある種の伏線でもある。

この作品には実は3つほどの階層があって、そこに実に著者らしい屈折が見て取れる。まあ、ある意味での黒幕は最初からさほど隠す様子もなく仄めかされているから、前作『氷菓』を読んでいれば主人公奉太郎を襲うであろう悲劇はある程度予想できるものではある。

彼の青春は運命的にほろ苦い。

こんな書き方をすると、すわ失恋か、なんて思われそうだけれど、当然そんな話ではまったくない。前作を読んでいれば、より一層ビターな味わいを楽しめるはずだ。今回、奉太郎にちょっとした変化が表れる。その心境の変化こそがポイントであり、大きな陥穽なのである。

若いというのは、どこか無様なものだろう。それは、一見達観しているように見える主人公たちにしても同じことだ。この著者はすでにできあがったキャラクターとして彼らを描かない。彼らの忸怩たる思いを描いている点にぼくは激しく共感する。

そして、そんなほろ苦い青春を描くことと、主人公が本来用意された階層を破って推理を進めることとが、物語としてキレイに同期している。謎と物語が乖離せずに語られている。古いいい方をすれば、ミステリで人を描こうとしているのである。

あとは彼らに感情移入できるかどうかの問題だろう。


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このシリーズは第3作『クドリャフカの順番』が一番おもしろいので、是非おためしください。
謎解きがどうこうというより、おっしゃっているように、登場人物がよく描けています。第3作だからこそのおもしろさです。

>ディックさま

コメントありがとうございます。
元がスニーカー文庫ということもあってか、一冊一冊の分量が控えめな分、冊数を重ねるほどにキャラクターの深みが増すといった感じなんでしょうか。第3作も是非読んでみようと思います。ただ、単行本が2005年とうことは、文庫入りは早くても来年ってところでしょうねぇ。

TB、ありがとうございます。
スパム対策の為、TBやコメントを頂いても、直ぐに反映されなくて申し訳ありませんm(__)m

このシリーズは、どの作品にもそれぞれの良さがあって好きです。
第三作では、より深く主人公たちを知ることが出来て面白いですよ。

そして、個人的には奉太郎のお姉さんに興味津々なのです。

>ぽこさま

コメントありがとうございます。
スパム対策はブロガーみんなの悩みでしょうから、どうぞお気遣いなく。しかも、こちらからの一方的なTBともなれば、尚更恐縮してしまいます。

このシリーズ、個人的には前作より2作目の方がよくできてるなぁと思っているので、未読の3作目もますます楽しみですね。ああ、早く文庫化されないかなぁ…。

奉太郎のお姉さん、ですか。確かに、マトモに姿を見せない割に印象に残るキャラですねぇ。奉太郎が女性の尻に敷かれやすい体質なんだとしたら、その大半はこの人のせいなんでしょうね、きっと。

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