米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』(創元推理文庫)

米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』(創元推理文庫)米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』を読んだ。

内容は青春でミステリ。謎の種類は日常系。随分前に北村薫という作家が、その端正なデビュー作『空飛ぶ馬』で開拓した「日常の謎」ミステリ。ずいぶんたくさんのフォロアーを生んで、いまや完全に1ジャンルとして定着している。一見取るに足らない謎を面白く見せ、大きな驚きにつなげなきゃならない。実はかなり難しいジャンルだと思う。

その点、この本は連作の利点を巧く利用して飽きさせない構成になっている。確かに個々の短編で扱われる謎と真相は少々小粒な印象だ。けれども、この手の連作では常套ともいえる手法ながら、全体を通して読む楽しみもちゃんと用意されていて十分に楽しめる。多分この手法の先駆は若竹七海の『ぼくのミステリな日常』で、これはその完成度の高さと共に、新しい手法を発明したという意味でも必読の傑作ミステリだ。未読の方は是非。

『春期限定いちごタルト事件』のもうひとつの魅力は、青春モノとしての微妙なハズし具合だろう。高校生たちが主人公なのに、彼らはどうも青春ときいて連想する色々な属性からは、ちょっとズレたところにいる。恋愛や友情がまったく重要な位置を占めていないし、暗く俯いて悩み多き年頃といった風情もない。それもそのはず、主人公2人の目標は、人畜無害、完全無欠の「小市民」なのである。

この妙な設定がキャラクター小説的な魅力にもなっている。どうしてそんな目標を持つに到ったのか、という当然の疑問がそのままキャラクターへの興味に繋がる。一筋縄ではいかなそうな予感がする。連作を読み進むに従って、少しずつ彼らの背景が見えてくるのだけれど、決して答えは見せてくれない。この辺りの匙加減はなかなかに絶妙だ。

青春、コメディ、ライトミステリ。こんなに爽やかな組み合わせでちゃんとコミカルなのに、そこはかとなく漂うシニカルな匂い。妙に可愛らしい表紙は何かの策略か(昨今隆盛を極めつつあるライトノベル読みを当て込んだ販売戦略かもしれない…)。

続編を読みたいと思う。

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