米澤穂信『氷菓』(角川文庫)

米澤穂信『氷菓』(角川文庫)米澤穂信『氷菓』を読んだ。

なるほど、ここから始まったのか、と素直に思えるデビュー作だ。少々流れの悪い文章が目に付くものの、後続の作品群に見られる魅力の種は十分に感じ取ることができる。他愛ない日常の謎から、個人史に関わる重いテーマに誘導する構成は『さよなら妖精』に近い。

この著者の小説作法として、登場人物の紹介と探偵役の肩慣らしのために超小粒の謎を提示するというパターンがある。これはたとえば、ホームズが部屋に入ってきたばかりの依頼者の職業やなんかをズバズバと当てて見せるシーンに相当するだろう。

ホームズはほとんど短篇だから、これがほんの1頁ほどでテンポ良く展開される。ところが、『氷菓』『さよなら妖精』は長編だから、物語の半分くらいがこの小粒事件に費やされることになる。もちろん、平行して最後の謎に向けた伏線を張りながらではある。

その間に登場人物たちの性格や境遇の説明、青春ストーリーとしての土台作りがなされていくのだから、もちろんまったく無駄なシークエンスではない。ただちょっと導入の引きが甘いことは否めない。後半の重い展開に比して、前半の状況説明は少々物足りない。

ちょっと感情移入もし難いところがある。

主人公の奉太郎にしても、もっと徹底していれば偏屈も魅力になるのだろうけれど、妙に物分りが良かったり、通す筋を持っていなかったりするから、今ひとつ魅力に乏しい。手紙と電話でしか出てこない姉の方が、キャラクターとしては面白そうですらある。

何事にも最小限の反応しか示さず、極力無駄なことはしたくないというメンタリティは、たぶん普遍的なものだ。そんな高校生はこの日本に五万といるだろう。つまり、奉太郎は凡庸なる語り手として生み出されたということになる。

それが他力本願の巻き込まれ型体質で謎に直面し、それを解くことで他人と関わっていく。最初はまるで仕方がないといった風情で、そして次第に自らの意思を自覚して。要するにビルドゥングスロマンである。青春モノの王道である。

奉太郎の無気力に感情移入するような読者には、彼が探偵として頼られる展開は魅力的なものに違いない。自己完結的な心というのは、他人の評価を得られなかった結果に過ぎない場合が多い。だから、要らないという顔をしながらも求めているのが普通だ。

だから一見地味なミステリでも、イマドキの輝かしい青春ストーリーとして十分以上に機能している。若くして達観して見えることは、たぶんあまり健全なことではない。その達観は、できれば虚勢であって欲しいし、無知故の蛮勇であって欲しい。

続編『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番―「十文字」事件』で彼らがどんな変化を見せているのか。著者自身ミステリ作家として磨きがかかってきているだろう最近作に期待したい。とにかくキャラは立っている。

あとは説得力だ。

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comment - コメント

TB、ありがとうございました。
古典部の面々が大好きで、第4弾を楽しみに待っている所です。

青春は優しいだけでも痛いだけでもない・・・ですね。


ぽこ@ふせんしさん、コメントありがとうございます。
ぼくはまだ古典部シリーズはこれ1冊しか読んでないので、ぼちぼちと2作目以降にも手を伸ばしていこうと思います。あまり散財できない身分なので、3作目は文庫待ちになる可能性が大なのですが…。

ああ、古典部シリーズはまだ一巻だけだなんて、幸せですね。
きちんと順番通りに読まれるようおすするします。

創元推理文庫の小市民シリーズは読まれましたか? えーと、イチゴなんとかとか、トロピカル・パフェとか…。

ディックさん、コメントありがとうございます。
この作家は突き抜けたものが余りない分、安定して楽しめるイメージがありますね。なので古典部も順次読み進めるつもりでいます。

小市民の方も春、夏と読んでいます。この場合はやっぱり4作で完了になるんでしょうかね。楽しみです。

TBありがとうございました!!
実は私も3作目を文庫待ちしてまして…(笑)。
まだまだ先でしょうね…。

景牙さん、コメントありがとうございます。
そうですねぇ、やっぱり単行本からだと文庫落ちまでに2年はかかるような気がします。だとすれば『クドリャフカの順番―「十文字」事件』の文庫化は来年の今頃でしょうか…。いずれにしても楽しみです。

TB有難うございます♪

主人公の省エネという信条、今では若者らしさになりつつあるんですかね?
多少のギャップは感じつつ、楽しく読みました。

samiadoさん、コメントありがとうございます。
省エネが若者らしさといえるほど絶対数は多くないのかもしれませんが、これだけ情報過多の世の中ですから、自己完結的な人間が増えていても不思議じゃないですよね。できるだけ余計なことはしないって人、個人的にも思い当たる節はありますし。

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