恩田陸『蒲公英草紙 常野物語』(集英社文庫)

恩田陸『蒲公英草紙 常野物語』(集英社文庫)恩田陸『蒲公英草紙 常野物語』を読んだ。

連作短篇集『光の帝国 常野物語』に連なる物語だ。決して想像を超えない物語。それは、この著者においては欠点にならない。そこにある既視感が行間にイマジネーションを呼ぶ。そういう書かれ方をしている。テーマは少し重い。著者の筆力は一見物語を軽やかに見せる。けれども、常野の一族に与えられたキャラクターは、人間の営みに深くコミットすることを運命付ける。前作の短篇に比べると、少し語りすぎる嫌いはあるかもしれない。そもそも、周辺を語るために前作があったのかとも思える。その点『三月は深き紅の淵を』に連なる諸作を髣髴とさせる。

これはある種の超能力を扱った物語ではあるけれど、能力そのものが描かれることはほとんどない。春田一家という「しまう」力を持った人々が登場しはする。けれども、冒頭から明らかなようにキーパーソンは聡子という深層の令嬢である。春田一家は「物語」そのものの役を果たす。そして、問われるのは自分という物語に対する覚悟だ。それを鮮やかに描き出すために、特殊な能力が生きてくる。つまり、春田一家は聡子の物語を明らかにするためにこそ配されたキャラクターなのである。ありふれた自己犠牲の物語を大きな物語に回収してみせる手際は鮮やかだ。

エピソードの集積として語られた前作は、いわば「予告編の面白さ」を存分に持っていた。そして、本編のひとつとして今作がある。前作を豊饒なるイマジネーションの源泉として愉しんだ向きには、もしかすると今作はかえって物足りないかもしれない。逆に、前作で食い足りない思いをした人にはこれこそ期待した物語だろう。贅沢な短篇集から紡ぎ出された丁寧な長編。たまには手練のストーリーテラーの掌で寛いでみるのも悪くはない。著者の引き出しを覗き込んで愉しむもよし、そこから抜け出して自ら想像の翼を広げるもよし。ウェルメイドな作品だ。

3作目『エンド・ゲーム 常野物語』の文庫化を待つ。

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深層の令嬢×
深窓の令嬢○

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