恩田陸『夜のピクニック』(新潮社)
恩田陸『夜のピクニック』を読んだ。
この上なく恩田陸らしい、高校生が集団で歩くだけという恐ろしく思い切った設定の作品だ。歩きながら交わされる会話やモノローグによって、主人公たちの過去や現在、そこから派生するそれぞれの葛藤が断片的に描かれていく。まさにそれだけの話。
思春期の自意識のありようを恩田陸は決して美化しない。プライドとコンプレックスに翻弄され、繕ったり綻んだりする心を誤魔化すことなく書いてしまう。著者が女性だからだろうか、特に少女の描写にその傾向は顕著だ。それに比べると少年はどこか硬質に描かれることが多いように思う。その辺りの感触は以前ジャニーズまみれでドラマ化された著作『ネバーランド』なんかに近いかもしれない。
恩田陸は自他共に認めるノスタルジーの作家だ。ただし、描かれるのはぼくたちが持つリアルな郷愁ではない。どちらかといえばそれは憧憬に近いものだと思う。懐かしい匂いと同時に、本当は持ち得なかった何か大切なものを感じさせてくれる。そして、自分にもそういう時代が、そういう思いがあったように思わせてくれる。
それこそが恩田マジックなのだろう。
だから、恩田陸の作品は気持ちいい。思春期にありがちなどろどろとした自意識や心の弱さを描きながらも、それらをノスタルジックな空気で包み込むことで読者に離れがたい郷愁を植えつけてしまう。いつまでもその世界に浸っていたいと思わせる。
これはもう職人技といっていい。
よくできたエンターテイメント作品ほど、クライマックスから終幕にかけて、ページをめくる手が速くなるものだ。字を順に追うのももどかしい。そんな気持ちになる。『夜のピクニック』ももちろん結末に向けて気がはやるような展開になっている。
にもかかわらず。
ページが残り少なくなってくると、読み進むのがもったいなく思えてくる。先が気になるのに、ページをめくる手が鈍る。ゆっくりと字を追いたくなる。
本当に稀少な作風だと思う。
posted in 05.05.24 Tue
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