浦賀和宏『八木剛士 史上最大の事件』(講談社ノベルス)

浦賀和宏『八木剛士 史上最大の事件』(講談社ノベルス)浦賀和宏『八木剛士 史上最大の事件』を読んだ。

やっぱり浦賀和宏は期待を裏切らない。

いや、期待通りに期待を裏切ってくれる。史上最大の事件はあまりに滑稽で陳腐だ。それは恋愛ドラマのワンシーンでしかなく、かつ、八木君史上最大であることは誰にも否定できない。ただこの一点において、この作品はギャグである。

それも、読者の心を弄ぶだけ弄んだ挙句のギャグである。

なかなかできるものじゃない。この著者や編集者の胆力はひと通りではない。普通に考えれば、焦らすだけ焦らしておいてそれはないだろうと文句のひとつもいいたくなるあっけなさである。家で読んでいたものだから、思わず声を上げて笑ってしまった。

八木君の堂に入ったイジメられっぷりにイジケっぷりは、すでにお家芸の安定感を見せている。読んでいるだけでゲップがでるくらい惨めったらしい。だからこそ余計に、ありえないと思いながらもつい、期待してしまうのである。

八木君にもとうとう春がくるのだ、と。

彼の忸怩たる毎日が悲惨であればあるほど、ただ一条の光を掴んで欲しいと願わずにいられない。光の天使ともいうべき純菜は、八木君にも読者にも十分な期待を抱かせる。期待に踊らされた読者がどんな仕打ちを受けるかは読んで感じるよりない。

これはけれども、巧いやり口なのだ。来るべき春は暗雲に包まれつつも、それが花曇りである可能性を捨てない。どこまでも純菜は光であり続ける。これはまた、著者に連なるメフィスト系の作風に馴染んでいればいるほど、危うい光に思えるという仕掛けでもある。

実をいうと、そこにぼくは少しばかり厭な臭いを感じている。何やら裏組織めいた設定が見え隠れしているのである。主人公の感知しないところで、強大な力なり意思なりが働いていた、なんて展開は望むところではない。彼の出生は平凡なものであってほしい。

ただ、本当の平凡を望むには、どうにも疑惑が多すぎるのも事実だ。両親の死や、拳銃を持った外国人など、未だ納得のいく説明のないのが怪しい。疑えといわんばかりである。しかももう、ただの不運で片付けられる展開ではなくなっている。

ここをどうにか裏組織なしで乗り切ってもらいたい。

“トゥルーマン・ショー”的な欺瞞や“Vフォー・ヴェンデッタ”的な誕生秘話は要らない。そういう話ならデビュー作に始まる安藤君シリーズがある。あれで存分にやって欲しい。以前にも書いたけれど、あちらもぼくは大好きだ。新刊が出れば喜んで買う。

八木君には是非ヘタレのままで逆転劇を演じてもらいたい。

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comment - コメント

 TBありがとうございました。

 やっぱり、浦賀ファン全員が安藤サーガの新刊を待ち望んでいますよね~。

publicenemyさん、コメントありがとうござます。
安藤君の方は、あのテンションを保てるなら是非読みたいですね。ただ、あそこまでやってしまうと、もうおいそれと書けないんじゃないかな、という気もします。でも、いつかはきっと…。

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