北方謙三『血涙 新楊家将』[全2巻](PHP研究所)

北方謙三『血涙 新楊家将』[全2巻](PHP研究所)北方謙三『血涙 新楊家将』を読んだ。

よりによって連休明けに手をつけた。翌日仕事にも関わらず、2夜連続で明け方まで読み耽った。初日はなんとか上巻までで手を止めた。あのまま下巻に突入していたら出勤ギリギリまで読み続けることになったろう。いずれにしても寝不足だ。『楊家将』の続編である。前作は楊業という一個の英傑を描いた非業の物語だった。そして、これは楊業の子供たちの物語である。武人の国遼と文官の国宋の弛まぬ戦いの時代。楊業が起した最強の武門たる楊家は、大国宋の先鋒として利用され、裏切られ、解体を余儀なくされる。その楊家の再興から物語は再開される。

棟梁は前作で生き残った楊家の六男、楊六郎。母より楊業自らが打ち鍛えた無二の剣、吹毛剣を受け騎馬のみの新しい楊家軍を興す。これは遼軍最強の騎馬遊軍、耶律休哥軍に対する軍でもある。父の代からの好敵手、白き狼、耶律休哥。この敵将はほとんど主役級の魅力を放っている。今作ではさらに石幻果という耶律休哥をも凌ぐ若き英傑が登場する。むろん、その正体は記憶を失くした楊業の四男、楊四郎である。耶律休哥を父と思い慕い、あまつさえ、遼の王族を妻子に持った石幻果の中に楊四郎は蘇る。まさに死に到る苦悩。北方謙三の筆致に容赦はない。

無類の男たちが原野を駆け、剣を交え、命を削りあう。その戦いの描写は、ほとんど独擅場といっていい。大軍による戦いには壮大な軍略を、騎馬の戦いでは怒涛の迫力とスピード感を、そして個の戦いにおいては研ぎ澄まされた緊張と極めて精神的な闘争を、恰も刻み付けるような重く鋭い筆で描き出していく。広大な土地に展開する圧倒的な軍勢が、巨大な生き物のようにぶつかり合い飲み込み合う。馬蹄の響きが耳を聾し、眼前で干戈の交わる音を聞き、零れ出た血肉の臭いを嗅ぐ。音も視界も消え、ただ静かに気だけが残る濃密な立ち合い。心が震える。

戦いに生きる。それがどんな意味を持つのか。最強の戦闘集団とは、つまるところ戦乱の世が生んだ時代の徒花である。新しい価値観が生まれ、戦いしか知らない男たちは、その存在意義を失っていく。そして、それは決して悪いことではない。ただ、哀しいだけである。単行本で追加された終章は、残された者たちによる新しい時代の息吹と、旧世代に生きた女たちの想い、喪われた武人たちへの哀悼と鎮魂が描かれる。そこに到るまでの動乱の時を、哀しくも激しくその生を生き切った輝く命たちを、ぼくたちはただ心に刻み付ける。それは静かに燃える炎となる。

血の涙を振り絞って読め、としかいいようがない。

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