ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(創元SF文庫)

ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(創元SF文庫)ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』を読んだ。

壮大すぎるミステリがSFだからこそ成立している。そのリアリティ、推論の面白さ、生物学上のミッシングリンクまで埋めてしまおうという驚愕の真相。月という近くて遠い宇宙から、話は数億年単位の時空へと飛翔する。センス・オブ・ワンダーとはただ荒唐無稽な大ネタを開陳することではない。近未来世界は確かにこの世界の少し先にあり、ストーリーに都合のいいだけのSF的ガジェットなどは登場しない。少し前に、村崎友の『風の歌、星の口笛』というSF風ミステリを読んだけれど、ホーガンを知ってしまうと圧倒的なレベルの差を感じざるを得ない。

月で5億年前に死んだ宇宙服姿の人間が発見される。いきなりこれである。なんという暴走。これほどの謎をぶち上げられて黙殺できる本読みはいまい。彼は地球人と変わらない姿かたちをしている。遺留品からは未知のテクノロジー、及び言語が発見される。彼は何者なのか。なぜ月で死んでいたのか。この突如降って湧いた人類史上最大といっていい謎を、世界中の専門家を動員して説明しようとする。そういう物語である。これだけでも十分に壮大だけれど、話はさらに裾野を広げる。木星軌道でのさらなる発見から人類進化の謎へと推理の糸は紡がれていく。

SF読みには定番といっていいほどの名作らしい。SFへの造詣はないけれど、それはそうだろうと思う。これをつまらないという人の気が知れない。一方、ハードSFの傑作などと謳われることで、酷く読者層を狭めているようにも思う。確かに、テクニカルタームらしきものがあちこちに出てくる。導入部の緻密な描写は読み手に相応の忍耐を強いるかもしれない。けれども、ひと度謎が提示され、推論と発見の渦にのまれてしまえば、SFファンならずとも、もう本をおくことはできないはずだ。終盤、めくるめく論理の応酬に眩暈し、驚嘆すること必至である。

実は、読んでいてまず頭に浮かんだのは“超時空要塞マクロス”である。ゼントランはガニメアンから発想されたのかもしれない。巨人が地球人類の来歴に関わるところにも類似が見られる。もちろん、その関わり方はまったく違っているのだけれど。そういえば、創元SF文庫の装画はスタジオぬえの加藤直之である。まあ、海外SFが日本のアニメーションに様々に影響を与えていることは、あえてハインラインの例を引くまでもないのかもしれない。さらに余談だけれども、“Zガンダム劇場版”第1部のサブタイトルは「星を継ぐ者」だった。

ともあれ、ハードSFなんて言葉は忘れてもっと広く読まれていい傑作だと思う。

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