蒼井上鷹『俺が俺に殺されて』(ノン・ノベル)

蒼井上鷹『俺が俺に殺されて』(ノン・ノベル)蒼井上鷹『俺が俺に殺されて』を読んだ。

読み始めてすぐに思ったのは、この作家はやっぱり短篇の人なんじゃないか、ということだった。とにかくテンポが悪い。冗長な描写や、悪乗りにすぎる表現がそこかしこに出てくる。短篇を薄めて引き伸ばしたらこうなるのか、なんて身も蓋もない毒を吐きそうになった。といって、ここで放り出してはイケナイ。ちゃんと大技が仕込んである。

1人5役のミステリ。

この作品が目指したのはこれである。被害者、犯人、探偵の3役くらいでは甘いとばかりに、かなりの無茶をやっている。そのために初っ端からやらかしているのが、魂の乗り移りという超常設定である。殺された主人公の魂が犯人に憑依するのである。立ち読みで本を選んでいたら買わなかったかもしれない。それほどにお馬鹿な幕開けである。

だから『九杯目には早すぎる』『二枚舌は極楽へ行く』のような作風を期待すると、たぶん戸惑うことになる。まったくその手の色がないわけではない。どんどんドツボに嵌まっていく主人公などは、むしろお家芸みたいなものである。だいたい、乗り移った相手が、元々大嫌いだったデブなオッサンなのである。出だしからアンラッキーすぎる。

しかも、このオッサン、主人公がベタ惚れしている美人の恋人にまで、蛇蝎の如くに嫌われている。どうやらしつこくいい寄っていたらしい。お陰で、苦境を打ち明けようにも聞く耳すら持ってもらえない。一方で、豊満すぎる主人公の姉とは、何やらアヤシイ関係にありそうな気配があったりもする。こんなに不運な入れ替わりもない。

この畳み掛けるような逆境こそが、この本の大きな楽しみのひとつのはずだし、この著者の持ち味でもあるはずだ。実際、ほとんどご都合主義的ともいえる逆境設定の数々は、それにもかかわらず笑って許せてしまう。それでも違和感が拭えないのは、1人5役に奉仕するためのアッパー系超常設定と、それに合わせた大振りな文体のせいだろう。

この著者の資質は完全にダウナー系である。

だから、こんな飛び道具的な設定で悲惨な運命の主人公を作り出しておきながら、どうにもスラップスティックになりきれていない。不条理に追い詰められていく主人公の姿があまりに痛々しい。この痛々しさは、どうもに長篇に向かない。文体のせいもあってか妙に疲れる。これが、どうやら意図して必要以上に回りくどく書いている節がある。

ラスト近くに「これを小説にしたら、一風変わった面白いものができるのではないだろうか」という主人公のモノローグがある。これをもってメタ仕掛けだと判ずるなら、この小説は主人公が書いたということになる。主人公は作家志望のフリーターという設定だ。であれば、この大振りな文体は、意図して下手に書いている可能性が高い。

なんと回りくどい仕掛けだろう。けれども、推理の伏線を見逃さないため、軽々に読み飛ばすわけにもいかない。それでずるずると読んでしまうのだから、まるで牽引力がないわけでもないのだろう。後半、仮説が次から次へと繰り出されては否定されていく。多少牽強付会の気はあれど、否応なく迷宮度は高まっていく。まさに独り推理合戦。

しかも、どの仮説にも救いがない。

そして終盤、転機は唐突にやってくる。「ずっと忘れていた、あることを思い出したのだ」…思わず、「それ、忘れるのかよっ!」とツッコんでしまった。もちろん、主人公が都合よく忘れていたちょっとしたサプライズは、直接トリックに関わっているわけではない。だから、ミステリ的にアンフェアだとかそういうことにはならない。

とにもかくにも、この記憶の復活劇をきっかけに、“蒲田行進曲”よろしく階段落ちを披露した主人公は、再び超常の力によって真相を掴むチャンスを得る。ここで、帯に書かれた書店員の言葉を借りるなら、「極上のトリック」というやつが開陳される。個人的な感想をいえば、極上なのはトリックよりも、主人公のあまりの悲惨さの方である。

ただし、メタ説を採用するなら、これが即、ハッピーエンドになるのである。

思わず膝を打ってしまった。まったく、やってくれる。

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