坂木司『動物園の鳥』(創元推理文庫)

books061018.jpg坂木司『動物園の鳥』を読んだ。

シリーズ3部作の最終巻、最後まで青さの残る作品だった。けれども、このシリーズにおいては、これは全面的に肯定されるべき性質なんだろうと思う。事件はただひたすらに、主人公たちを成長させるためだけに起こり、解決される。

キャラクターの配置があまりに作為的なのも、そこが主人公たちにとってのユートピアだからである。ファンタジーの中で彼らは大切に育てられ、世界へ羽ばたくための準備を調えていく。他者はすべて鳥の飼育係であり、敵に見えるキャラクターでさえちゃんと牙を抜かれている。

彼らの間では、正論が否定されることはない。苦い現実を教科書にはするけれど、それはあくまでも演習である。彼らは常に物語の中で祝福されている。つまり、心からその祝福された生を信じられたとき、彼らはユートピアから脱し、世界の一員となるのである。

このプロセスは実にまっとうで、本来すべての人に用意されるべき世界なんだろうとさえ思える。祝福というのは、つまり自分が生きていることへの無条件の許容である。本来この無条件の許容は他者に依存しない。ところが、自分ではその祝福を信じられない人もいる。

その代表はひきこもりの鳥井よりもむしろ、語り手の坂木である。彼は「鳥井の庇護者」という名の蜘蛛の糸にぶら下がるカンダタだ。他の誰かが新たな庇護者足り得るとき、彼は糸が切れてしまうような不安を感じずにはいられない。

彼の成長のプロセスは実に迂遠だ。鳥井が世界に許容され、世界を許容していく過程を目の当たりにすることで、自らも世界に許容されていることを知るのである。そして、鳥井を温かく見守ってきたように見える幾人もの庇護者たちは、実はそんな坂木の庇護者でもある。

こんな風に関係性が相対的に描かれていることが、このシリーズ最大の美点だとぼくは思っている。守るだけの人間もいなければ、守られるだけの人間もいない。キャラクターたちに一見ステレオタイプなラベルを貼っておきながら、それだけじゃないことをちゃんと見せている。

だからこそ、坂木の成長物語としてこの作品は充実している。

あえて苦言を呈するなら、作者が少々語り過ぎる。ここでは主要な登場人物がみんな作者の腹話術人形になってしまっている。主張がすべてキャラクターたちの台詞として、あるいは主人公坂木のモノローグとして書かれてしまっている。

小説でありながら、描写せずに語る。それはあまり褒められたやり方ではないだろう。だから、この小説は到底「巧い」小説とはいえない。端的に下手だといっても、そう反論はでないはずだ。けれども、拙いことと無価値なことはイクォールではない。

誰もが口にしない青臭く脆弱な正論を、認識を、希望を、躊躇うことなく叩きつけてくる。現実の厳しさ、理不尽さ、おぞましさを描きながら、甘い御伽噺のような解決を用意してみせる。表面的な悪は相対化され、いとも簡単に改心する。

ニヒリスティックないい方をすれば、どこまでも安易な救いは現実を乗り越え得ない。こんなユートピアはこの世に存在しない。けれども、そんな蜘蛛の糸のような希望を、あたかも切れない命綱のように、あくまで無邪気に信じてみせる。肯定してみせる。

それは技巧を越えた価値であり、存在意義だろう。

きっと厳しさを唱えるだけが正解ではない。


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comment - コメント

こんばんは!
TB有難うございます。
これは坂木の物語だったんですね。
最後の最後まで飛び立とうとする彼らの様子が書いてあるのは、余計なようでもあり、でも嬉しくもありました。

>samiadoさま

コメントありがとうございます。
1作目のときは鳥井の物語なんだと思って手に取ったのですが、蓋を開けてみると坂木の様子がどうもおかしい。2作目で友人の滝本が坂木を問い質すシーンを読んで、ああ、やっぱり坂木の物語なんだなと理解しました。
ラストは少しキレイにまとまり過ぎているようにも思いますし、あまりに甘いようにも思います。でも、それがこの作品の良さなんでしょうね。

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