坂木司『仔羊の巣』(創元推理文庫)

坂木司『仔羊の巣』(創元推理文庫)坂木司『仔羊の巣』を読んだ。

やっぱり主役ふたりが気持ち悪い。

そう思いながらもつい、また読んでしまった。また、というのは、これがシリーズ3部作の2作目だからだ。前作の感想にも書いたけれど、語り手の坂木と探偵役の鳥井は完全な共依存関係にあって、読んでいるとかなりイライラさせられるのだ。

しかも、どういうわけか成長の兆しは、いつもギリギリのところではぐらかされてしまう。タイトルにかけるなら、巣から出ようとしない仔羊たちの物語といったところか。しかも巣に絡め取られているのは、ひきこもりの鳥井よりもむしろ坂木の方である。

心の弱さを極限まで肯定し、たとえ弱さゆえにひきこもり、弱さゆえに人と上手く交われず、弱さゆえに人を傷付け、弱さゆえに成長を拒むのだとしても、それは一切否定されるべきものではないと、そこまでいい切るならぼくはいっそ清々しいとさえ思う。

けれども、彼らはせっせと他人の巣立ちを促して回るのである。そもそも名探偵というのは自分のことを棚にあげなければ成り立たない役回りなのかもしれない。その意味では、鳥井はこの上なく名探偵らしい名探偵なんだろうとも思う。

この気持ちの悪い探偵コンビだけが画面いっぱいに活躍するような話なら、もしかすると、ぼくはこの2冊目を手に取ることはなかったかもしれない。ふたりの巣立ちを準備するであろうキャラクターがちゃんと周りを固めつつある。

そこに期待してしまうのである。

今作では警察官の滝本が、いきなり坂木の内面深くに切り込んでくる。それは本当に唐突で、展開としては少々不自然なのだけれども、その果たすところはあまりに大きい。もっと自然にいかないものかとは思うけれど、これは絶対に必要な切り込みである。

また、木村栄三郎という老寄りからも目が離せない。彼は仔羊たちに一時避難の巣を提供する役回りながら、一方で巣にひきこもることを良しとしない厳しさも持っている。ベタで大時代な「父親像」を一手に引き受けているといってもいい。

彼が探偵をも批評し得るキャラクターとして登場しているお陰で、探偵は神の位置で安穏とすることを許されない。いわゆる刑事事件ではなく、よりプライベートな問題に関わり続けるともなれば、尚更、自身から目を逸らしたままでいるのは難しいだろう。

坂木担当の滝本と鳥井担当の栄三郎。このふたりがうまく機能することで、危なっかしい坂木と鳥井の関係が破壊されていく。それが予定調和というものだろう。もう、脳内世界で幸せならそれでいいとか、そういう展開は飽き飽きだということもある。

このシリーズは次の第3作で完結である。ついに鳥井の怜悧な視線は自分自身に向けられることになるのだろうか。そして、鳥井が最も冷静に見詰めなければならない坂木との関係は、どう再構築されていくのだろう。それとも何も変わらないのだろうか。

それは、とても楽しみでもあり、とても心配でもある。

related entry - 関連エントリー

trackback - トラックバック

trackback URL > http://lylyco.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/56

comment - コメント

はじめまして。トラックバック、ありがとうございます。花の影と申します。「仔羊の巣」と「青空の卵」の感想、合わせて読ませていただきました。感想の第一行目から「そうだ!」とこぶしを握りたくなるくらい、同意です。お話自体は嫌いではないのに、どうしてだかいらいらしてしまうのは、こういう理由だったんだな、と思いました。坂木の危うさも怖いですが、出てくる女性全てが攻撃的なのも気になるところです。最後の一作、どうなるのか楽しみです。

花の影さん、コメントありがとうございます。ちょっと否定的な感想に見えなくもないので、同意してもらえて良かったです。
いわれてみれば、確かに女性キャラクターも結構偏った雰囲気の人が多いですね。いずれここまで人間関係が不自然だと、著者自身あまり他人とのコミュニケーションで愉しい思いをしてこなかったんじゃないかとか、つい邪推したくなります。
ぼくは文庫化待ちの予定ですが、3作目では現状打破の兆候くらいは見せて欲しいと期待しています。

コメントを投稿

エントリー検索