坂木司『青空の卵』(創元推理文庫)

坂木司『青空の卵』(創元推理文庫)坂木司『青空の卵』を読んだ。

文庫本の帯に「名探偵はひきこもり」とある。読んでみれば本文中にもひきこもりだと書いてある。それじゃあひきこもりの安楽椅子探偵モノかと思ったら全然違った。探偵役の鳥井は結構外に出るし、ちゃんと仕事もしている。他人との接触を嫌う傾向とツボを押されると簡単に心潰れる弱さが彼を病的に見せてはいるけれど、ひきこもりを強調するほどに社会性のない男ではない。

それよりも問題なのは多分ストーリーテラーの主人公坂木の方だろう。坂木と鳥井は完全無欠の共依存関係にあって坂木はそのことに自覚的だ。分かっていながらその依存関係がいつまでも続くことを願っている。たぶん、その姿勢は鳥井よりも病的だ。

独りで生きていけるようにと世話を焼くと同時に、自分なしでは生きられない鳥井という属性に萌えながら日々を送っている。それは実に不健康な志向だし、本人もそうとわかっていながら続けているのだから救いようがない。

それに、鳥肌級のヤオイ描写も少なくない。

この2人の関係に萌えるか嫌悪を覚えるかは読み手の感性次第だと思う。個人的には鳥井を美青年として描かなければ、こんなにまでヤオイ的な匂いを発散することもなかっただろうにと、少し残念に思う。盲目の少年とその幼馴染の関係といい、どうもこの著者は美男同士の過剰な友情やら愛情やらに思い入れが強いようだ。

それはゲイやトランスセクシャルの問題ではたぶんない。

一応探偵モノということで、謎解きらしきものもある。いわゆる「日常の謎」の系譜で、ミステリとしてのハードルは高くない。文章に癖もなく、誰でもサクサク読めると思う。ただ、語りそのものはあまり巧いとはいえない。人間関係の難しさや、愛情のすれ違いをメインに描こうとする志は好い。

是非はともかく弱さを肯定しきる強固な姿勢も好もしい。

ただ、そういった目に見えないものをストーリーで描かず、一人称の言葉で直截に語ってしまうのである。それは連作短編という制約の難しさでもあるかもしれない。お陰で小説世界の中にいてすら、彼らの存在はファンタジックにすぎる。外を志向しながら閉じた世界であり続ける。そんな物語自体が、鳥井という存在と見事な相似形をなしている。

どうやら3部作らしいので今後の展開に期待したい。


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 はじめまして。
 樽井といいます。
 「青空の卵」があまりに素晴らしかったので、読んでいる人のブログを検索したらヒットしました。 
 二人の関係はたしかにそうとられても仕方がないですが、そこを割り引いてもなかなか面白かったと思います。

樽井さん、いらっしゃいませ。
この本についての細かい記憶はすでに朧になりつつありますが、シリーズ全篇を通して弱と善に徹する姿勢は、青臭くも好感の持てるものとして印象に残っています。あざとさを感じつつも、結局はシリーズ完結まで引きずられるように読んでしまいましたしね。

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