森見登美彦『四畳半神話大系』(角川文庫)

books080402.jpg森見登美彦『四畳半神話大系』を読んだ。

笑った。冒頭で笑った。ああ、馬鹿がいる。そう思った途端に感情移入できていた。すると、2章の冒頭で頭に軽い疑問符が張り付く。で、読み進む内に疑問符が膨張していくのだけれど、笑いながらなのでついスルーしてしまう。実は、この2章でぶち当たる違和感がえらく楽しい仕掛けに繋がっている。SFやミステリが好きな人ならある程度目星はつくかもしれない。ただ、この作風この文体でそれをやるのか、という馬鹿馬鹿しさが異常に楽しい。このある種冗漫ともいえる文体を気に入るかどうか。それがこの作家を楽しめるかどうかの分水嶺かもしれない。

まずは文章で読ませる。ぼくはそういう本が好きだ。ストーリーの牽引力だけで読ませる本も嫌いではないけれど、文体に著者の色があると嬉しくなる。その意味で、この著者は好きなタイプなのだけれど、それを差し引いてもよくできた話だと思う。無限に開かれているように見える世界が恐るべき予定調和の内に収束する。可能性ではなく不可能性をもって世界を書く。それが最後の最後で否定的に見えないところがとても好い。四畳半が全世界と化す最終話がちゃんと種明かし以上の意味を持っている。ラスト数行の逸脱が読後に清々しさを齎してくれる。

青春というのは理想に反して大層不恰好なものである。その通り、と思った人は読んだ方がいい。理想やプライドを持て余し、何者にもなれないでいる。勉強も恋愛もダメ。膨らむのは妄想ばかり。冴えない悶々キャンパスライフ…否、四畳半ライフは、それでも青春の匂いに満ちている。もちろん芳しくはない。とはいっても『太陽の塔』ほどにドン底ではない。諦めきれない分、悩みは深いのかもしれないけれど、描かれない未来は案外に恵まれている。この辺りは、素直にエンターテイメントしているのである。完膚なきまでに不幸では悲壮にすぎる。

作中、ヴェルヌの『海底二万海里』がいい小道具になっている。謎の師匠が1年かけて読み終えるシーンで、思わずぼくも読みたくなってしまった。地球儀まで欲しくなったのは、ちょっと影響を受けすぎである。ちなみに“ふしぎの海のナディア”はこれを原典としたアニメだというのは大変にどうでもいい話である。ところで、本書最終話の章題は「八十日間四畳半一周」というのだけれど、ヴェルヌには『八十日間世界一周』という作品もある。好きなのかもしれない。永井荷風『四畳半襖の下張』や野坂昭如『四畳半色の濡衣』はたぶんあまり関係ない。

ともあれ、頭デッカチな青春を送った人なら絶対に楽しめる作品だと思う。

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