森見登美彦『太陽の塔』(新潮文庫)

森見登美彦『太陽の塔』(新潮文庫)森見登美彦『太陽の塔』を読んだ。

タイトルやら帯の文面やらから想像していたものとはまるで違った。まったくきれいに騙された。いい意味で。ずいぶん前に『電波男』というオタクの生態と思考を余すところなく流麗かつ赤裸々に綴った、真性オタクの手になる評論本を読んだ。当時ぼくは著者本田透のことを思って読後しばし呆然と宙を睨んだものである。

何故か、その本田氏を思い出してしまった。

この作品の主人公はいわゆるオタクではない。いや、ないとはいい切れないのかもしれないけれど、少なくともそういう描写はない。ただ、ヒキコモリの気は大いにあり、妄想力逞しいことにかけては人後に落ちない。そういうタイプの大学生である。そして、世の恋愛至上主義的風潮に激しく憤慨している。これだ。これが電波男臭の源である。

時は冬。クリスマスムードに浮かれた京都の街で、主人公とその戦友ともいうべき3人の冴えない男連中は、男汁と妄想に浸かり切った果てしなく不毛な毎日を送っている。この辺りでもうシンパシーを感じてしまうぼくなどは、所詮バラ色の学生生活を知らぬ朴念仁なのである。主人公が屁理屈と妄想で重武装していく様は涙なしには読み通せない。

けれども、彼は失恋する。つまり、この物語が始まる少し前に、彼は忌避すべき恋愛状態に陥り、あまつさえ可愛い彼女と浮ついた逢瀬を重ねているのである。この辺りが一般的なキモオタと一線を画すところである。そして、袖にされた瞬間から、彼の新たな心の旅が始まる。男汁に塗れ恋愛を否定しながら、研究と称して元カノを付け回す。

今時ストーカーかよ、と思った人は慌ててはいけない。確かに上っ面だけを眺めれば、失恋から立ち直れずストーキング行為に及び、そんな自分を妄想と屁理屈で正当化し続ける哀れな京大生のお話ということになる。事実、そうでないとはいい切れない。それでも主人公が憎めないのは、彼の思考回路に陰湿さが感じられないせいだろう。

何より、この主人公を含む男汁衆四天王は、本当に冴えない秀才たちなのだけれど、滑稽ではあっても決して陰険ではなく、哀れではあっても湿っぽくはならないのである。独白調で綴られる文章は失笑、苦笑も含めてあらゆる笑いの宝庫であり、繰り出されるボキャブラリーの豊富さがまた独特のユーモアに一役も二役も買っている。

通勤電車で何度声を上げそうになったか分からない。実にキケンな小説である。

こんな内容の小説が、何故「日本ファンタジーノベル大賞」受賞作なのか。理解し難いと思う向きもあろう。ぼくだって正直そう思う。要するに、この手のジャンル分け自体がナンセンスなのだといってしまえばそれまでだろう。けれども、「京都 + 恋愛 + 妄想」で紡がれる物語はやっぱり多分にファンタジックなのである。

妄想は現実の中に巧みに滑り込み、叡山電車はあたかも銀河鉄道のごとく主人公らを異世界へと連れて行く。クリスマスムードはイヴに向かって隆盛を極め、主人公たちの屈折も歩を合わせるように臨界に向けて疾走を始める。満身創痍の青年たちはそれぞれの屈託を抱えたまま若き恋人たちの街、イヴの四条河原町へと集結する。

このクライマックスをファンタジーといわずなんというか。

確かに人を選ぶ作風かもしれない。笑えない人もいるだろう。けれども、最初の1ページでくすりときたなら買いである。こんなくだらない平々凡々たる青春群像をこれほど面白おかしく調理できる作家は他にいない。滅茶苦茶しょっぱいホットケーキくらいのインパクトはある。ただ、最初の1ページで何も感じなかった人には残念としかいいようがない。

個人的には新たに追いかける作家が増えた。大変喜ばしい。

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