上橋菜穂子『闇の守り人』(新潮文庫)

上橋菜穂子『闇の守り人』(新潮文庫)上橋菜穂子『闇の守り人』を読んだ。

『精霊の守り人』よりずっといい。世評の高さに目が厳しくなっていたのか、前作は面白いながらも冗長な印象が少なからずあった。どうも説明しすぎる。子供向きといえばそうなのだろうと納得して読み終えた。ただ、そこに書かれなかった物語の魅力があまりに大きかった。だから、好きな文章ではなかったけれど迷わずこの続編を手に取った。

一読、ずいぶんと文章がダイエットされている。書きすぎに思えた前作に比べて格段に無駄がない。洗練されてきている。ともなって、物語のテンポも良くなっている。読み口が心地好い。そもそも表現が明快で絵が浮かびやすい筆である。物語の運びも平明で分かりやすい。であれば、手を取り足を取るように説明などせずとも文意は十分に伝わる。

タイトルに闇とつくだけあって、前作にも増して世界の苦い側面がクローズアップされている。山岳地帯の地下洞穴というこれまた分かりやすいメタファーで、人の心の暗い部分が実に効果的に描かれる。今作では明快な悪役が出てくるのだけれど、闇を抱えているのはもちろん彼だけではない。つまり、闇自体を悪として描いてはいないのである。

舞台は前作のラストを引き継ぎ、主人公バルサの故郷となっている。シリーズものではあるけれど、バルサ以外のキャラクターでは養父のジグロくらいしか登場しない。その意味では完全に独立した話である。ただし、読むなら前作を読んでからにすべきだろう。バルサの過去を語る本作は、バルサの今をできるだけ多く知って読むべき物語だからである。

自らの過去を清算する。児童書ではどうか知らないけれど、テーマとしては相当に普遍的だ。直截にいってよくある話である。とはいえ、これは安易な癒しの物語ではない。何しろ、清算すべき過去はバルサの凄絶な記憶すら上回る人為的な闇を抱えている。決着をつけようと対面した真実は、予想を超えて非情なものだったのである。

そして、過去は現在に繋がっている。

バルサの悲劇は進行形の悲劇に直結している。故郷カンバルが抱える問題と、バルサが抱える問題がダイレクトにつながる。巧い。自らの重石を除くために、彼女は国を救わなければならなくなる。洞穴での対決に繋がる伏線はあまりに強固である。ある程度予測可能とはいえ、問題の守り人の正体も含めてこれほどずしりと腑に落ちる話はない。

対決は決して復讐であってはならない。人の心を闇に縛り付けるのは実は人の悪意などではない。だから、憎むべき敵を葬ることに意味はないのである。そもそもバルサを陥れた敵はすでに失われている。増幅する悲劇の種をバラ播くだけバラ播いて疾うに死んでいる。種は育ち、新たな悲劇を生む。バルサはそれを葬りも救いもしない。否、できない。

結局のところ、人が本当に関われる他人というのは限りがあるということだろう。闇から開放される魂があれば、闇に閉ざされる魂もある。そこに大きな差異などはない。もちろん物語上、邪悪は闇へ、善は光へというお約束は守られている。けれども、それはあくまでも表層的な話である。そこから先をどう受け止めるかは読み手の資質による。

2作目にしてこのクオリティ。

なるほど、評判になるわけである。

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