上橋菜穂子『精霊の守り人』(新潮文庫)

books070709.jpg上橋菜穂子『精霊の守り人』を読んだ。

何かと話題の本である。元々児童書として出版されたものが、大人向けに新装される。あさのあつこ『バッテリー』なんかと同じようなパターンである。あちらは実写映画化されていたけれど、こちらは現在アニメが放映されている。文庫の解説は本好きが好きな作家の筆頭恩田陸である。店頭POPにも引用されているから見た人も多いかもしれない。

曰く、「下品な言い方だが、『モノが違う』」。

これだけでも、常日頃から新刊書店を物色しているようなぼくのような人間が釣れるのはほとんど必然といっていい。それでもぼくが文庫版発売から3ヶ月以上も放置していたのは、あまりに万全なセールスプロモーションに、抵抗もなく屈するのが悔しかったからである。とはいえ、結局、買っているわけだからこれは無駄な抵抗以外の何物でもない。

実をいうときっかけはテレビだった。アニメは観ていない。ただ、アニメを作っている監督のインタビューを見た。凄いと思った。あれだけアニメで掘り下げたくなる素材となれば、原作の持つポテンシャルは相当なものなんだろうと、強く興味を引かれた。ともあれ、読み始めればもう思う壺に嵌まるよりない。今更何をかいわんやというできである。

散々いわれていることだけれど、著者は文化人類学の研究者である。これはファンタジーの創出者としてあまりに重要な属性である。いわゆるハイファンタジーというのは、世界をいかに創造するかが肝となる。そこに説得力と魅力がなければ、そもそも成立し得ないジャンルである。相当にハードルが高い。ここに研究者としての知が生きている。

単にキャラクターや国の名前を考えればそれでいいというものではない。世界や国の成り立ち、歴史、地形、文化、言葉から植生まで、ありとあらゆる事象を魅力的な空想と共感可能な現実の狭間に成立させる。これだけでも気の遠くなるような話である。けれども、ファンタジーは世界だけで成り立つものではない。そこには物語が必要なのである。

そして、この作品の魅力の核は、やっぱりこの物語にあるのだと思う。

用意された世界は厳しい。「歴史」が常に「勝者の歴史」であるという相当にシビアな現実を、著者は児童文学の世界で容赦なく暴き出そうとする。チャグムという少年を通して、そうした欺瞞や現実の厳しさを、懇切丁寧に気付かせていくのである。こうした視点を持つことは、実は大人にだって難しい。それを敢えてやっているのである。

もちろん、厳しさを伝えるだけではない。時に理不尽で残酷な世界で、信じるべきものは何か。尊ぶべきものは何か。そうした本質的なことを、著者は欺瞞のない語りで真摯に描こうとする。その象徴が主人公バルサの存在である。これはチャグムを軸としたビルドゥングスロマンであると同時に、バルサが生きる意味を獲得していくドラマでもある。

大人の鑑賞に耐える要素としては多分後者の方が大きい。

といっても、簡単にそんなものが見付かるはずはないのだし、簡潔明瞭な答えなんてものもない。終章に到ってもバルサはまだ迷いの中にいる。それでも、チャグムとの交流を通して死んだ養父ジグロのことを少しずつ理解し、過酷な人生の中で欠け落ちてしまったものをひとつひとつ拾い上げていく。児童書とは思えない重いキャラクターである。

この本は、バルサが故郷へ帰るところで終わっている。チャグムを巡る話としては完結しているけれど、続篇が書かれるのはほとんど必然だったといっていい。用意された世界はバルサの過去、ジグロの過去、カンバル王国の現在、新ヨゴ皇国の未来と、物語られるべき挿話に事欠かない。結局は10作を数えるシリーズ作品となっている。

実はもう第2作『闇の守り人』は購入済だったりする。1作目を買った翌日にはもう買ってしまっていた。ただ、文庫で買い始めてしまった以上、ここから先は出版ペースに合わせて読み進むよりない。じれったいような楽しみなような複雑な気分である。ちなみに1作目より2作目の方が文章がこなれてきている印象がある。巧くなっている。

1作目は児童書というターゲットを意識してなのか、どうにも説明過多なところがあった。伏線の回収があまりに明示的だったり、いわずもがなな一文が加えられたりして、大人読者には蛇足に見えるような表現がままあったのである。読みかけの第2作では、その手の冗長さがほとんど感じられない。より端的で抑制のきいた表現になっている。

ますますこの先が楽しみである。

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