上甲宣之『地獄のババぬき』(宝島社文庫)

上甲宣之『地獄のババぬき』(宝島社文庫)上甲宣之『地獄のババぬき』を読んだ。

まるで福本伸行の漫画ような小説だ。貶していっているのではない。何しろぼくは福本漫画が好きだ。これほどババぬきをスリリングに書けるなんて並みの感性ではない。もちろん「命がかかっている」からスリリングだとか、そんな表面的な話ではない。

そこそこ長い話の大半を占める、このくだらないゲーム描写が滅法面白いのである。これはもう、感服に値する。ババぬきなんて煮ても焼いても食えそうにないカードゲームが、あたかもメンタルとテクニックを総動員して戦う壮絶なカードバトルのように描かれている。

スリルを担保する絶妙なルールが設定されるあたりも、『賭博黙示録カイジ』を髣髴させる。大袈裟な心理戦、熾烈なイカサマ合戦、機転を利かせた駆引き…どれを取っても、十分にエンターテイメントしている。ただし、かの漫画と違って、こちらは意図したコメディである。

正直にいえば、最初からこの作品を素直に楽しめたわけではない。

何より、悪ノリが過ぎる不細工な文章にはなかなか馴染めなかった。ところが、福本伸行が頭に浮かんだ瞬間、ぼくはすべてを受け入れた。ああ、この不細工な文章は、あの漫画家の凄まじい画風と同じことなんだ、と。この文体だからこそ描ける地平があるに違いない、と。

そこからは本当にもう、一気に読み進むことができた。何しろ立ち止まって味わうような文体ではないし、テンポのいい展開に合わせてスピーディに読み進むには、これが案外向いているのである。要するに、ノリで読むべき本なのである。

テンポが掴めてくると、このチープなノリも薄っぺらなキャラクターも、すべてが計算されているように思えてくるから不思議だ。実はこの作品には、真面目に書けばもの凄く重たいテーマがある。これがなんと障害者とボランティアの問題なのである。

これを24時間テレビ「愛は地球を救う」のパロディをはじめ、謎のボランティア団体や、超人的な身体障害者を登場させて、かなり執拗に描いている。ところが、これがまるで深刻にならない。深刻にはならないのだけれど、いいたいことだけはハッキリいい切っている。

明らかにわざとやっている。

膝つきあわせてはなかなか真面目に聞いてもらえないような面倒な話を、スラップスティックな状況でさらりと主張する。鹿爪らしい顔で正論を打てば人は白けるものである。けれども、そうした正論も自明のこととして飲み込み続けていればいずれ忘れ去られてしまう。

だから、こうした手法でちょっと恥ずかしい正論をぶちまけるというのは、案外有効な手段なのではないだろうか。読者にしても下手に説教されたような不快感を持たずに済む。むしろ、どこかで晴れ晴れとした気持ちにさえなるかもしれない。

まだまだ海のものとも山のものとも知れない新進作家で、手放しで凄いと賞賛するには瑕の多すぎる作風である。にも関わらず、何故か今後を期待せずにはいられない。なんとも不恰好だけれども、不思議なエネルギーを感じる。結局のところ気に入っているということか。

とにかくデビュー作『そのケータイはXX(エクスクロス)で』を読んでみようと思う。

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はじめまして。以前、『さよなら純菜 そして、不死の怪物』の記事でトラックバックして頂きあがとうございました。
さて、『地獄のババぬき』ですが、異常なパワーを感じる作品ですよね。デビュー作も、このパワー炸裂のサスペンスです。個人的には、デビュー作の方が、良かったかな。ぜひ読んでみて下さい。

やすくんさん、いらっしゃいませ。
デビュー作、いつも近い内に読もうと思ってはいるのですが、毎日通りかかる書店に置いてないせいでズルズルと後回しになっています。休みの日にでも別の店で買わなきゃですね。
やすくんさんは、ミステリをよくお読みになるみたいですね。ぼくも割とミステリ好きだったりします。最近はジャンルで語り難い作品が増えましたが、よくできた推理ものに当たるとやっぱり嬉しくなります。

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