古処誠二『接近』(新潮文庫)

古処誠二『接近』(新潮文庫)古処誠二『接近』を読んだ。

この人の作品にはとてもストイックな印象がある。軽妙な語りを採用していたデビュー作『UNKNOWN』でも、その内容は端正かつ真摯なものだった。デビュー作で自衛隊を描いた著者は、後に戦争を題材にした作品群を発表し始める。

これもその1冊だ。

戦争を知らない世代が書く戦争文学。一読、どうしてこれだけの質感をもって戦争を描けるのかと感嘆せざるを得ない。戦時下の悲惨な状況みたいなものは、資料をあたり、取材すればある程度誰でも知ることができるだろうとは思う。

けれども、これはそんな記録文学的な作品ではない。

舞台は1945年、決戦前夜の沖縄。主人公は利発でありながら、その潔癖な心で日本を信じようとするわずか11歳の少年である。土地を捨て疎開する大人たちを軽蔑し、軍務に動員され現実を目の当たりにしてなお、国を信じようとする姿はどこか痛々しい。

大本営発表を裏切るように熾烈を極める戦局に、尊敬すべき大人たち、信頼すべき兵士たちの姿はすでにそこにはない。国土国民を守るべき軍人が、自らの生のために民間人を騙し、脅かす存在にまで成り果てる。忠や義などとうに霧散し跡形もない。

そんな容赦ない戦時下の極限状態を描きながら、この作品にはエンターテイメントが仕掛けられてもいる。日系米兵の存在である。日本語を修得した彼らは、本土決戦を前にスパイとして沖縄に潜入を果たす。ここに緊張が生まれる。

スパイ潜入の噂は主人公たちの間にも流布し、人々は戦局の悪化と歩調を合わせるように疑心暗鬼を深めていく。ついには、生き延びるため同胞を殺す理由にまでされてしまう辺り、さもありなんという思いと共に、人間の卑しさ残酷さを思い知らされる。

本当にスパイはいるのか。いるとすれば誰がそうなのか。

これをミステリとしてだけ読むなら、驚きや感動はそれほど大きくないかもしれない。伏線をキレイに拾い集めるような解決篇があるわけでも、意外な犯人がいるわけでもない。けれども、少年の心を思うとき、これは物語的必然なんだと思わざるを得ない。

戦闘が生む直接的な暴力を描くのではない。人々が心を蝕まれ、尊厳を失くし、欲望と疑心の走狗と化していく姿は、ときにそれ以上の恐怖を突きつけてくる。少年の最後の選択も、戦争が残した数多の傷のわずかな一片に過ぎないのだろう。

そう思わせることが、作品の成功を意味してもいるのだと思う。

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comment - コメント

TBありがとうございます。
戦時下に生きる人間の心情が、重く静かに心に迫ってくる作品でした。
これに連なる『遮断』も読みたいと思っています。

雪芽さん、コメントありがとうございます。
毎年夏になると戦争の話題がどこからともなく聴こえてきます。書店によっては戦争にまつわる作品が平台にのったりもします。つられて時々そうした本を買うのですが、これは平積みではなく、棚の中から引っ張り出して買ったものです。それは以前に同じ著者の作品を読んで心動かされたことを思い出したせいなのですが、今回もその印象は変わりませんでした。『遮断』は、ぼくもその内に是非読みたいと思います。多分、文庫化を待つことになるとは思いますが。

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