伊藤たかみ『ミカ!』(文春文庫)

伊藤たかみ『ミカ!』(文春文庫)伊藤たかみ『ミカ!』を読んだ。

なんて真っ当な話だろう。

実は「小学館児童出版文化賞受賞作」の文字を見て買うのを躊躇った。何も児童文学を低く見たわけではない。児童文学だろうが絵本だろうがアニメだろうがパラパラ漫画だろうが面白いものは面白い。それでも躊躇ったのは、どじょうを狙う出版社の顔が、帯の影から覗いたような気がしたせいだ。

角川から出た『バッテリー』のヒット以来、児童文学を前面に押し出しながら「大人の読者」を当て込んだ販売戦略が幅を利かせているような気がしてならない。何かの成功をきっかけに埋もれた名作が陽の目を見るのはいい。

けれども、猫も杓子もとなるとどうもイケナイ。

そんなスレた見方をしながらも買ったのは、立ち読みした数頁が好感触だったからだ。タイトルにもなっている少女ミカが、変なイキモノを見付けて「オトトイ」なんて名前を付けるくだりだ。頭も顔も判然とせず、酸っぱいキウイを食べる以外はイキモノにすら見えない。これに惹かれて買ったのは、結果的には正解だった。

誤解のないように書いておくけれど、このオトトイを除けば、とても地に足の着いた、リアルな日常が展開されている。女の子に生まれながら女の子でいることが厭でしょうがないという設定も、性同一性障害がどうのというような深刻ぶった話ではない。描かれるのは、本当にどこにでもありそうな情景ばかりである。

だからこそオトトイが効いてくる。たぶんそれは、少年期のある短い一時期、彼女の成長を助ける何かのメタファーのようなものだろう。たとえば、童話に出てくるある種の魔法や妖精なんかに近い。成長とともに魔法は解け、妖精は見えなくなる。

成長という観点でいえば、語り手となるミカの双子の兄の存在はちょっとばかり複雑だ。実のところ、オトコオンナのミカなんかよりもよほど難物である。大人びているというのとは少し違うのだけれど、子供にしては思考が先回りし過ぎている。大人が思う子供らしい快活さがいかにも足りない。

ただ、妹思いの兄という基本はブレない。あちこちに気を遣いながらも、ここだけは決して外さない。ミカにしても、そこは同い年の兄を信頼しているらしいことが読み取れる。腕力では劣っても、精神的にはミカよりもずっと強い兄なのである。

ややこしい両親の話や、同級生たちとのあれやこれやも、ミカの変化とそれを側で見ている兄の思いを描く以上に深入りはしない。このハッキリとした線引きが読んでいて気持ちが好い。枝葉を伸ばし過ぎることと、細部を描き込むことは同じじゃない。

丁寧でいて無駄のない、とても良い語りだと思う。

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