鯨統一郎『タイムスリップ明治維新』(講談社文庫)

books060726.jpg鯨統一郎『タイムスリップ明治維新』を読んだ。

この人の歴史ミステリは、歴史の知識がさしてなくても楽しめる。だから、元歴史嫌いのぼくでも安心して読むことができる。気軽に楽しめて、少しばかり歴史の知識も吸収できるのだから、むしろ苦手意識のある人にこそ向いているのかもしれない。

実はこの作品には前作がある。『タイムスリップ森鴎外』といって、これは森鴎外が現代にタイムスリップしてくるというタイトルのままの話である。そして、2作目である『タイムスリップ明治維新』もタイトルのまま、今度は現代人の主人公が明治維新の頃にタイムスリップしてしまうという趣向である。

タイプスリップするのは今時の女子高生で、行った先は何やら史実とは微妙にずれた維新前夜の日本である。狂いかけた歴史をどうにか正常な軌道に戻そうとする。この手の話としてはすこぶるありふれたミッションだと思う。

ただしこれには、歴史が史実からかけ離れ過ぎると元の時代に戻れなくなってしまう、という設定がくっついていて、それなりのサスペンスを生んでいる。まあ、実際にどの程度の乖離でアウトになるのかは作者の裁量次第なわけではあるけれど。

この本の読みやすさは、その構成に拠るところも大きい。歴史の有名エピソードをイベントのごとくこなしていく辺り、長編でありながら連作短篇に近い。そんなメジャー級の挿話が目白押しな理由も先に書いた条件で説明されるのだから巧い設定である。

何やら特別視されがちな有名人たちを、どこかにいそうな親しみやすいキャラクターとして描いているのも好い。主人公の女子高生が茫洋としてやる気のない竜馬に発破をかけたり、人斬りの異名を持つ中村半次郎と恋に落ちたりするのである。

半次郎vs以蔵。

そんな幕末剣士好きには堪えられない好カードが実現しているのも、著者の旺盛なサービス精神の表れだろう。そして、著作ファンへのサービスとしては、『邪馬台国はどこですか?』のエピソードを補完していたり、前作で森鴎外がタイムスリップしてくる因果をパラドックス混じりに描いていたりもする。

何でもありになってもおかしくない並行宇宙的設定ながら、ちゃんと落ち着くところに落ち着ける手腕は、軽妙な作風だからと侮れない。サクっと楽しめる作品がサクっと適当に書かれるわけではないということがよく分かる。

このシリーズはまだまだ続くらしく、既に『タイムスリップ釈迦如来』というのが出ている。鯨統一郎のことだから、お釈迦様を素直に偉人として描いているとは思えない。どんなキャラクターになっているのか、文庫化を楽しみに待とうと思う。

最後に、あえて歴史嫌いの人にお薦めしておく。

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