近藤史恵『天使はモップを持って』(文春文庫)

近藤史恵『天使はモップを持って』(文春文庫)近藤史恵『天使はモップを持って』を読んだ。

ビルの清掃業者が探偵役という、いわれてみれば「なるほどっ!」と膝を打ってしまいたくなる設定の短編ミステリである。しかも、市原悦子の家政婦と違って、オシャレで可愛いイマドキの女の子で、しかも相当にデキがいい。

掃除が大好きで、彼女が仕事をした後はすべてがピカピカで手際も良い。これで観察力も想像力もあって、洞察力まで兼ね備えているというのは少々サービス過剰のようにも思えるけれど、それがまた魅力的なんだから文句をつけるわけにもいかない。

そんな彼女の魅力を引き立てるのが、梶本大介という新人サラリーマンである。彼の視点で描かれるのは、OL主体の女社会で起こる奇妙なできごととその顛末だ。絵解きをするのは、もちろん愛しの清掃作業員キリコである。

ふたりが触れる小さな事件の数々は、どれも小振りではあるけれど、どうにもやりきれない棘を残す。デキの良過ぎる美少女探偵や、やたらと登場する美男美女は現実味を欠いているような気もするけれど、それで舐めてかかると不意打ちを食らうことになる。

日常に潜む謎は消えても日常は終わらない。

それは当たり前だけれども、重い事実である。キリコは視界を遮る曇りを取ることはできても、刺さった棘を抜くことはできない。おそらく、彼女に救われているのは当事者たちよりもむしろ、そうした棘や毒に触れて右往左往する大介の方だろう。

もちろん、キリコが介入することで、当事者たちもどこか吹っ切れる部分がないわけではない。目から鱗を落とすケースも多い。そうして自分が見え、周りが見えることで、ようやく何かを判断できるともいえる。ただ、どんな道を選ぶかは本人次第だ。

そのシビアさがこの本の魅力でもある。

それでもどこか温かい印象を残すのは、ウジウジと心配性の大介とどこまでも理想的なパートナーキリコが演じるライトな恋愛劇のお陰だろう。ここだけは本当に甘い。お陰で、ふっと力を抜いて休むことができる。

最終話はこんな読者の気持ちをうまく利用した仕掛けになっている。大介自身にも重い問題を背負わせることで、彼は傍観者から一気に主役に踊りでる。少々内省的過ぎるきらいはあるけれど、引き立て役としてはこの上ない役回りだろう。

結局、キリコは大介の天使でしかないのかもしれない。

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