劇団ひとり『陰日向に咲く』(幻冬舎文庫)

books080828.jpg劇団ひとり『陰日向に咲く』を読んだ。

いくら恩田陸の推薦文がついていても単行本を買う勇気はなかった。でも、気にはなっていたので文庫化を機に購入。買って良かったと思う。実は、ぼくは劇団ひとりの芸をよく知らない。まともにネタを見たことがない。ただ、色々な「人」を演じているらしいということだけは知っていたし、断片的には見たこともある。結構前のことだけれど、これはテレビ向きじゃないな、と思った記憶がある。そして、あれはきっと「人」に興味がなければできない芸だろうとも思った。そんな「人」への視線が芸ではなく小説になった。そういうことなんだろうと思う。つまり、これは彼の本領である。

繋がる連作短編の見本のような作品だ。もっと情に訴えることに主眼を置いた作品を想像していたから、これは嬉しい誤算だった。劇団ひとりという人は、もしかするとミステリ好きなのかもしれない。親しみやすい文体に油断していると、アっと驚くことになる。とにかく構成が練られていて、それぞれの短編にちゃんとサプライズがある。この種の遊び心に溢れた作品は、そう沢山は書けないだろうと思う。作風が似ているわけではないけれど、大槻ケンヂの『くるぐる使い』を読んだ時もそんなことを思った。本書にオーケンほどの毒はない。けれども、哀しみと可笑しみは詰まっている。

もういい尽されたセリフだろうけれど、あえて書いておく。これは著者自身の人気に頼った「タレント本」のレベルじゃない。だからこそ、あまり文体に特徴がなくてさらっと読み流せてしまうのは、少しもったいない気がする。キャラクターやエピソードはそれなりに印象的なんだけれども、言葉としてはあまり心に残らない。ただ、この辺りは文体のとっつきやすさとトレードオフな面もあるんだろうから、一概に欠点とはいえないのかもしれない。ともあれ、この上文章に味が出てくるとずっと面白みが増すように思う。まあ、その辺りは(もしもあるなら)次作以降に期待したいところ。

ここまで書けるのだから、是非、作家活動も続けて欲しいと思う。

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