道尾秀介『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)

道尾秀介『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)道尾秀介『向日葵の咲かない夏 』(新潮文庫)を読んだ。

なんとう綱渡り。思い付いてもこれは普通書けない。書いてもうまくいくと思えない。実際、最初の辺りは、なんて下手糞なんだとイライラしながら読んでいた。まんまと騙された。物語世界に横溢する違和感が理解できないせいで、それを著者の実力の故と誤解する。人物描写の感覚的齟齬にデビュー2作目だからと新人故の稚拙を見る。違う。下手なのではない。それはギリギリの綱渡りの結果である。その違和感こそが物語の核なのである。しかも、極めてフェアにその世界観は最初から提示されている。ここまで高度に論理的に決着するとは最後の最後まで思えなかった。凄い。

ミステリとしてはとても面白いと思う。ただ、扱われる題材には好悪が分かれるだろう。はっきりいえば、あまり気持ちの好い話ではない。かなり陰鬱とした話である。しかも、その陰鬱とした世界を見せているのが子供なのである。同級生の自殺体発見から始り、どこまでもダークな幻想に沈んでいく。タイトルだけ見れば、なにかセンチメンタルな雰囲気すらある。そういうものだと思って手に取ると、感性を抉られるかもしれない。救いのない世界に唖然とするかもしれない。たぶん、この作品は酷く人を選ぶ。ミステリ的な後味は最高だけれど、物語の後味は恐ろしく悪い。

それでも、語られる主題はただ悪趣味なわけではない。ありふれたいい方をするなら、それは「時代の閉塞感」を切り取って見せている。救いのない閉塞感を前に、ぼくたちは自衛を余儀なくされる。無力な人間にドラスティックに現実を変える力はない。自衛の方法は限られている。そうやって追い詰められたどん詰まりの自我が向かう先のひとつが、この物語の描く世界なのかもしれない。そう考えることには一定のリアリティがある。だから、怖い。これはそういう意味で、幻想ミステリとはいい切れない。今時の屈折した社会派ミステリといった方が、むしろ、しっくりくる。

ミステリファンならずとも、一読の価値があると思う。

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