我孫子武丸『弥勒の掌』(文春文庫)

books080331.jpg我孫子武丸『弥勒の掌』を読んだ。

いやに挑戦的なミステリだと思う。大胆不敵といってもいい。読み始めてすぐにイメージしたのはやっぱり貫井徳郎の『慟哭』だった。二つの視点、捜査小説、宗教団体。道具立てが類似している。そして、この書きぶりなら叙述系のトリックだろうということも、そこそこにミステリが好きなら想像できる。どうやらそれを隠そうとはしてない。ミステリ読みなら、まず鵜の目鷹の目で読み始めるに違いない。かかってこい、ということだろう。新本格世代の心意気を感じる。この手の気質は、今となってはオールドファッションになるのかもしれない。

妻が行方不明の高校教師と、妻を殺された刑事。それぞれに妻のことを調べる内に、ある宗教団体が浮かび上がってくる。これが酷くビジネスライクな教団である。信者らの様子に画一的な狂気はない。そして、教団は信者を会員と呼ぶ。オウム以降世間のニーズに敏感になった、比較的新しい新宗教系団体を思わせる描写で、これが妙にリアリティがある。ラストで明かされるこの宗教団体の実体は一見トンデモナイ。いや、実際にトンデモナイのだけれども、ただ、そのことでこの団体が宗教的に否定され得るかといえば、これはなかなかに難しい問題である。

そんな微妙な問題も含めて、面白い。ちなみに叙述トリックの方は、全然見破れなかった。2つの視点が交差した段階で、油断した。というか、テンポが良かったので、ストーリーに引きずられて推理どころじゃなくなってしまった。真相自体はずいぶんとご都合主義的だし、小説的な深みはあまりない。今時、動機を云々するのは流行らないだろうし、現実の方がその辺りをすっ飛ばしている感もある。だとしても、ここまで作為的な絵を描くなら、せめて動機にリアリティが欲しい。同著者の『殺戮にいたる病』に及ばないところがあるとすればこの辺りだろう。

ともあれ、サプライズを求めるなら一も二もなく読んだ方がいい。

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