江坂遊『ひねくれアイテム』(講談社ノベルス)

江坂遊『ひねくれアイテム』(講談社ノベルス)江坂遊『ひねくれアイテム』を読んだ。

実に48篇の奇想である。短い、という共通項を除けばほとんどジャンルレスといっていい。これは並大抵ではない。ショートショートの世界は星新一という唯一無二の巨星が創始し、彼の死によってその命脈を絶たれたかの如き思い込みがぼくにはあった。もちろん、ショートショートは今も書かれている。けれども、まさか専業で書く人がいるとは思わなかった。しかも、星新一とはまったく別方向のベクトルを持ったショートショートである。江坂遊はキャラクターを書く。しかもとても人間らしい。星新一の硬質で静謐な世界とは対極的である。

読後感もまた様々だ。こうした作品集はともするとブラックユーモアに傾きがちな気がする。それが、本書では意外にハッピーエンドの作品が少なくない。もちろん、相当にブラックな話もある。色恋に関わる話が多いのも特徴的で、世にも奇妙な恋愛譚はこれまた一筋縄でいかない結末のオンパレードである。だから、48篇を続けざまに読んでも、まったくオチが読めない。良い話だと思っていたら痛い話だったり、微笑ましい話が実は酷い不運に見舞われる話だったり、ハラハラしながら読んでいたらトンでもない駄洒落オチだったりする。

文章的には、とにかく会話文が多い。そもそも会話しかない話が16篇もある。地の文があるものも分量的には極めて控えで、ことによっては、その地の文すらモノローグに近いものだったりする。そういえば、1篇丸々ひとり語りという話もあった。この「語り」の効果は絶大で、正しく原初的な「物語」の喜びを味わわせてくれる。「何か面白い話はない?」「そうだね、じゃあこんな話をしようか…」そうして、誰かが不思議な話や、怖い話や、素敵な話や、楽しい話や、哀しい話を聞かせてくれる。そんな物語そのものに対するノスタルジーが感じられる。

ここに収録された作品たちは、決してそのすべてが傑作だとは思わない。なんだそれ!と突っ込みたくなるようなものも、当然のようにある。けれども、それでいいのである。幼子が大人にお話をねだるように、江坂遊の生み出す物語世界を読み尽くさずにいられない。次々とページをめくっては、また最初から読みなおしたり、お気に入りの話に付箋を貼ったりしてしまう。フルスイングの肩透かしみたいな作品すらワクワクして読んでしまう。そして、ときにクスリと笑わされ、ときにゾクリとさせられる。小説家というよりは語り部と呼びたくなる作風だ。

早速、既刊本を物色しにいかねば…。

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こんにちは。
記事の内容が気になって、今日思わずこの本を買ってしまいました。
すぐにでも読みたいんだけど…来週の温泉一人旅のお供にこの本を連れて行こうと思ってます♪

ともちんさん、いらっしゃいませ。
買っちゃいましたか。気ままにページを閉じたり開いたりできるという意味で、旅行にのお供には向いているかもしれません。ともあれ、お気に召すといいのですが…。

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