深水黎一郎『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』(講談社ノベルス)

深水黎一郎『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』(講談社ノベルス)深水黎一郎『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』を読んだ。

メフィスト賞がまた色物を投入してきた。そう思うのが真っ当なミステリファンの反応というものだろう。このタイトルならそれが当然だ。装丁は装丁で円鏡を模した銀の箔押しときている。すわ超地雷級傑作小説かと身構えるのも無理はない。これだけの条件が揃っていて、普通の小説を期待する方がどうかしている。

だいたい、書名の本題が意味不明だ。ネット上の書評を拾い読んでも誰もここには触れていない。仕方がないので自力で調べてみた。どうやらこれはイタリア語で「ULTIMO=最後」、「TRUCCO=化粧」という意味らしい。ぼくの読み方が浅いんだろう。最後まで読んでもこのタイトルの意味はよく解らなかった。

ともあれメインとなるアイデアは完全な一撃必殺系トリックで、失笑するか感激するかは読者の感性次第である。ただ、一発狙いの色物という評価は必ずしも当たっていない。意外に丁寧な推理小説なのである。「読者が犯人」という一発逆転ネタを宣言してしまって、最初からメタな仕掛けを匂わせるやりかたも巧い。

つい読みが丁寧になる。

それを見越して張られる伏線は、さすがに念が入っている。表現的に必ずしもフェアかという話になれば異論もあろうけれど、回収の仕方はしつこいくらいに丁寧だし、およそ無関係そうな挿話まで実に巧く取り込んでいる。それにミステリ談義や超心理学談義は、伏線のことなんか忘れて読んでも結構面白い。

へぇ、と思ったのは自称超能力者の双子の美少女が使うトリックで、すぐにでも実行できそうな実用的なアイデアだなあと感心してしまった。視覚的にも聴覚的にも完全に隔離されたふたりが、いかに相手の選んだESPカードの模様を知り得たのか。伏線として機能してもいるのだけれど、単にネタとしても面白い。

こんな具合に、最後の一発ネタだけに頼らず、ちゃんと意味のあるエピソードでリーダビリティを確保している。視点人物の小説家も超心理学の博士も本好きの友人も、キャラクターとしてはやや一面的だけれど、エンターテイメントとして愉しむ分には、これくらいの書き込みが良い塩梅に思える。

それじゃあ、肝心のメイントリックはどうなんだ、ということになる。

この著者は、作中でどんどん自らハードルをあげていく。具体的な書名には触れないものの、同趣向の過去作品にまで言及し、それらの不完全さを論っているのである。こうなると、どう「落とし前」を着ける気なんだと読んでいるこちらがハラハラしてしまう。これはなかなかの糞度胸である。

最大のポイントは、「すべての読者が例外なく犯人でなくてはならない」という点だろう。つまり、一読者たるぼくも、読み終えた段階で「作中の事件に影響を及ぼしてなければならない」ということである。これはなんともあり得そうにない話である。単にメタフィクショナルな仕掛けでは苦しい。

以下2段落ほど、真相に関わる記述があるので未読の向きはご注意を。

著者が繰り出す奥の手は、メタとフィクションの境界線上にあるような微妙な設定である。問題になってくるのは、視点人物が書いている新聞小説である。これが、読者を犯人にするための重要な伏線となっている。著者はこのトリックについて、メタではないといい切っているらしい。実際にはこれがどうにも怪しい。

何しろ、ぼくは自分が犯人だと思えなかった。理由は明快だ。ぼくが読んでいたのは本だ。新聞ではない。「自分は新聞を読んでいたのか」と素直に思える人でないと、このトリックは意味を成さない。読者は実は新聞連載を読んでいたという「設定」なのである。つまり「メタであることに気付かない」ことが重要なのだ。

この作品が本当に新聞連載だったらと思うとちょっと残念だ。

個人的な感想をいえば、メイントリックはギリギリ及第点、推理小説としては十分に及第点といったところだろうか。アイデアと緻密な構成がウリの作家であれば、文章に味はなくとも、変な癖もないから問題はない。いずれ、宣伝のされ方やタイトルのインパクトだけで引いてしまうのはもったいない。

書名や装丁や帯の惹句とは裏腹に、実に堅実なつくりの推理小説である。

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comment - コメント

いつも、記事を興味深く拝読しております。
未読の方には注意の部分に関してのコメントなので、不適切なら申し訳ないのですが、私も、読後に自分が犯人だったとは思いませんでした。作中の媒体のままにこの作品が発表されたとすれば、それはとても面白かったと思います(どきどきしてしまいそうですが…)。

のぽねこさん、いらっしゃいませ。
そうなんですよね、これ、ホントに発表形態が一致していれば、あんな無理なメタ仕掛けなしに成立したはずなんですよね。本になっちゃったせいで、色々と不具合が出てしまってて、その最たるものがトリックのメタ化だったんだろうな、と思います。
あのトリックにはどうしても「リアルタイム」であることが必要で、それにはどうしても媒体を限定せざるを得なかった、と。要するに、書籍で実現できるトリックではなかったところが、最大の弱点だったということでしょうか。

今までにないタイトルにそんな事ありっこないと思っていましたのでどこでなぞが解けるのかなとどきどきハラハラしながら最後まで読んで納得しました。普段あまり本を読まない私をここまで引き付けてくれたの素晴らしいなと思いました。深水 黎一郎二作目が楽しみです。

しおんさん、いらっしゃいませ。
この手の作風を楽しめるなら、案外新本格系のミステリなんかが性に合っているのかもしれませんね。文章の平明さや説明の丁寧さは、この作者のひとつの美点でしょう。2作目以降どんなものをぶつけてくるのか分かりませんが、一発ネタに頼らない手堅い謎解きものを書かせると良い仕事をしそうな気がします。

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