小川一水『第六大陸』[全2巻](ハヤカワ文庫)

小川一水『第六大陸』[全2巻](ハヤカワ文庫)小川一水『第六大陸』を読んだ。

いつの間にかSFに対する苦手意識が消えている。いや、むしろ積極的に面白いじゃないか。この作品を読んで再確認した。SFというのは、別にマニアにしか楽しめないようなシロモノではない。いや、マニアにしか解らぬ愉しみもあるのだろうけれど、そうでなくても面白い作品は多い。

小川一水という人は、いわゆるライトノベルの人だという。知らなかった。けれども、そんな出自はこの際あまり関係ない。ヒロイン妙の描写にトラウマ系ツンデレ少女とでもいうべき萌え要素は感じるものの、全体としてはむしろ恥ずかしいくらいに健全な作品である。

第六大陸とは、ずばり月面のことだ。そこに日本企業がロケットを飛ばし、施設建設に乗り出す。発起人は13歳の利発な少女。財源はお金持ちのおじいちゃんのポケットマネーとくる。足りない分はアイデアと技術力、後は気合でなんとかする。なんともロマンティックな話である。

事業に関わる研究者や技術者らの仕事に対する思いや、天晴れなまでのオプティミズムは、それでいて不思議とリアリティを失っていない。微細なディテールを積み上げることでリアリティを確保している。宇宙開発の周辺事情に詳しい人ならいざ知らず、素人には充分な説得力がある。

リアリティの源泉が必ずしもリアルである必要はない。

その意味で、著者の想像力は生半ではない。荒唐無稽なファンタジーを構築するばかりが想像の力ではない。十分な取材と徹底した脳内シミュレーションによってディテールを決定していく。リアリティを創造するのである。もしもこんな人材とこれだけの資金があったらどうなるか…。

ただし、それは危険な方法でもある。専門家やよりディープなマニアには却って非現実的な印象を与えかねないからである。実際、宇宙のことなど何も知らないぼくが読んでさえ、全体を俯瞰すればややご都合主義的に物事が進んで見える嫌いはある。そううまくいくかよ、と思う展開が少なくない。

ただし、その程度の瑕なら補って余りあるビジョンがそこにはある。

対して、ヒロイン妙を巡るロマンスや家族問題に関わる部分は幾分チープな印象を拭えない。彼らの葛藤にも和解にも成長にも、ほとんど共感できない。頑張って人間ドラマを盛り込みました、というレベルに止まっている。こうしたドラマを差っぴいてSF描写にあてた方が良かったとさえ思う。

この辺りの深みを得るのは、もう少し作家としての成熟が必要かもしれない。いずれ一朝一夕にどうにかなるものではないだろう。ライトノベル的キャラクター依存の弊害もあるのかもしれない。それでも、成長物語を目指した姿勢自体は好もしいものだ。この点は今後の作品に期待したい。

さて、この物語を最終的に気に入るかどうかは、もしかするとラスト近くで発動するセンス・オブ・ワンダーを認められるかどうかにかかっているかもしれない。多少唐突な印象はあれ、ぼくはあのすこぶる絵的なシークエンスが気に入っている。作者のオプティミズムを象徴するシーンといって良い。

ぼくはこれを単なるデウス・エクス・マキナだとは思わない。

SFにはこれくらいのロマンがあっていい。


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