岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』(中公新書)

岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
を読んだ。
この面白さはとても書名からは想像できない。通史をこれほどドラマティックに書けるとは驚きだ。新書というのは、そもそも大衆への知の伝道メディアである。けれども、これほど軽快かつ明快にその役を果たしている本は決して多くないと思う。
まえがきにある通り、これはあくまでも一般的な読者に向けて書かれたひとつの歴史解釈である。著者は個人のフィルターを通して見た音楽史であることに自覚的だ。きっといわゆる専門家から見れば、取りこぼしの多い内容に違いない。そんなことは当然である。
西洋音楽の黎明から停滞あるいは崩壊までのおよそ1000年の歴史を、たったニ百数十ページで語ろうというのだから、これは大幅な取捨が必要なのは誰の目にも明らかだ。時代のエポックとして何を取り上げるか。その選択ひとつとっても主観的たらざるを得ない。
門外漢のぼくにはその史観の正当性を論じることなんてもちろんできない。けれども、ヒストリーでありながら、極めて物語的な起伏を持った本書の語りは稀有のものだろう。1000年のパースペクティブが、読むほどに明確な輪郭をもって眼前に広がっていく。
ぼくはずっと長い間極度の歴史嫌いだった。
その一因は学校における細切れの暗記教育にあったと自分では思っている。あの近視眼的な歴史への接し方が、ぼくに散漫で退屈な印象を植え付けたことは間違いない。どんなジャンルであれ、こんなエキサイティングな通史があり得るなどとは思いもよらなかった。
自分の意見など持ち得ないずぶの素人には、こういう優れて魅力的な概説こそが必要なんだと思う。たとえ専門家の目に大切な何かが足りなく映ったとしても、それはそれで構わない。興味を持てばいずれ辿り着くはずだからである。
この著者の視野の広さ、バランスの良さは際立っている。
西洋音楽を当時の世情の上に置いて語り、音楽が果たした役割、人々が音楽にどう接していたかを明確にしていく。また著者の視線は、同時代の芸術全体にも向けられている。絵画、文学、詩…それらは互いに影響し合い、時代の色をとてもビビッドに伝えている。
そしてまた著者はいわゆる「クラシック」を絶対的なものとして称揚しない。そこにある芸術性だけでなく、大衆性や娯楽性、コンポーザーたちの置かれた立場や台所事情にまで立ち入って各時代の音楽を活写してみせる。そのフラットな姿勢は十分信頼に値する。
知と娯楽の奇蹟的な均衡。
それこそ良質のクラシックに通じる本書の魅力であろう。
posted in 07.01.20 Sat
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Bottomless
posted in 10.03.27, by Bottomless
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