NHK「東海村臨界事故」取材班
『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』(新潮文庫)

NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』(新潮文庫)NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』を読んだ。

タイトルには朽ちていった命とある。実際に描かれるのは、朽ちていくひとりの男性の肉体である。命なんてふわふわとしたものではない。一見健康そうに見える身体がなす術もなく崩れ落ちていく。皮膚はジュクジュクと爛れ、あらゆる臓器が次々と機能不全に陥っていく。

その惨たらしいまでのリアリティが、楔のように脳裏に打ち付けられていく。原発の是非がどうだとか安全管理がどうだとか倫理がどうだとか、そんな話をいくらしても伝わってこない感情や思考がズルズルと引き出されてくる。これを理性的に読むのは難しい。

これがアンチ原発をアジテーションするための本だったなら、かえって気楽に読めたかもしれない。もちろん、これを読んで原発アレルギーに磨きをかける人は出てくるだろう。けれども、この本自体はそうした政治的文脈で読まれることを拒絶しているように見える。

そもそも原発の是非を問うような記述はない。

描かれるのは最先端医療従事者たちの戦いの記録であり、惨憺たる敗北の記録である。中性子線の大量被曝という未知の症例に対して、世界の専門知を動員し得る東大病院の権威をもってしても、なんら有効な治療を施せず、ただただ延命に終始するばかりなのである。

この圧倒的な絶望は、担当医師や看護士らの精神をも蝕もうとする。ほとんど希望の持てない延命措置に疑問や罪悪感を拭い切れない。それほどに目の前の肉体は無残である。それでも最善を尽くそうと自らを鼓舞し続ける彼らの姿は、既に医療の枠を超えている。

医療と呼ぶには凄絶に過ぎる。

彼らの83日間の格闘に果たしてどんな意味があったのか。読み終えてなお、その疑問は消えない。被曝治療の体制整備に乗り出す医師のその後や、関係者たちの心に刻印された闘争の痕跡にも、無力感に対する足掻き以上のものを読み取ることは難しい。

もちろん、再発を防ぐための管理の徹底や医療技術の更なる研究は重要な課題である。そんなことは当然である。中国がついにエネルギー大量消費時代に突入し、世界のエネルギー資源は枯渇に向けてその足取りを速めている。早晩、原子力を頼らざるを得なくなるだろう。

事故を起こさないためのあらゆる手段を講じ、万が一起きた場合は迅速に対処できる体制を整える。それでも、いまだその力を御し切れていない以上、悲劇は繰り返されるかもしれない。そのためにも、被曝治療の研究をうっちゃっておくことはできない。

そうした焦燥は、この本を読めば痛いほどに伝わってくる。そのことの意味をぼくは決して否定しない。ただ、ここに描かれた人間の尊厳をも危うくするような現実は、あらゆる意味でテストケースにも教訓にもなり得ないように思うのである。

人間とは因果な生き物だ。結局はそんな具にもつかない感想しか浮かんでこない。それほどにこの現実は過酷だ。ページを繰るごとに読むのがキツくなってくる。この圧倒的な悲劇から得られる教訓はあまりにも少ない。ただただ人の無力を知るばかりである。

ぼくはここから何を感じ取ればいいのだろうか。

いまだ答えは出ない。

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comment - コメント

 TB有り難うございます。
 身体のすさまじさ、それも衝撃的ですが、大内さんの苦痛のすさまじさは想像の枠外ですね。書きようもないし、想像しようもない。
 延命治療を望んでいるのか拒否しているのかも解らない。医療従事者それぞれが意味づけなければならない。
 
>ぼくはここから何を感じ取ればいいのだろうか。
 
>いまだ答えは出ない。
 
 たしかに、意味づけとか答えを拒否するような重さがありますね。

>きとらさま

コメントありがとうございます。
あれだけ徹底した身体の崩壊が本人に齎す苦痛などは、仰る通り完全に想像の埒外ですね。治療の是非については、仮に当人に意思表明の力があったとしても、果たして選択などできるものだろうかと思ってしまいます。もちろん、苦痛を長引かせたいとは思わないでしょう。けれども、苦痛から逃れたいという意思と死にたいという意思は、本質的には別物だと思いますし。いずれ、重すぎる問題ですね。

トラバさせていただきました。
このページのアドレスを頂戴いたします。ご了承下さい。宜しく。

>誰やねんっ20号さま

そちらの記事拝見しました。
中学一年生は案外良い時期かもしれませんね。こういう思想的に偏りのないノンフィクションはほどよく頭を刺激することと思います。少々救いのない本ではありますが。

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