西澤保彦『神のロジック 人間のマジック』(文春文庫)

西澤保彦『神のロジック 人間のマジック』(文春文庫)西澤保彦『神のロジック 人間のマジック』を読んだ。

人は脳を通してしか世界を認識できない。

ぼくが『唯脳論』を読んだのは高校生のときだった。それもはもう相当なショックを受けた。以来、ずいぶんとモノの見え方が変わったように思う。そして、そうした世界の捉え方はいまや、養老孟司の手を借りずとも多くの人が自然と感知し得る時代になった。

一部の学問やエンターテイメントは、今もそうしたことに意識的な人を増やし続けている。あらゆる「当たり前」は、追究しないことで辛うじて「当たり前」たり得えているに過ぎない。つまり、自分というものを支えるあらゆる現実は、すべて不確かなものでしかないのである。

そして、自分を規定することの不確かさは、ぼくたちにとって重大なテーマとなった。この本のテーマも、たぶんその辺りに根がある。それはOLが突然会社を辞めてインドに旅立つような安直な自分探しではない。もっと根源的で逃げ場のない不安との対決である。

実はこの本の単行本が出たとき、少し前に出た別の作品に酷く似た点があることがあちこちで取り沙汰されていた。不運にも、とても大事な部分が似てしまっているのである。にもかかわらず、読んだ人たちは概ねどちらにも高い評価を与えている。

それは同じタイプのトリックで同じような人物設定ながら、両作品がまったく違ったアプローチとテーマに貫かれているからだろう。さらにいえば、テーマとトリックの必然性という意味では、たとえ少々強引なロジックが混じろうとも、この作品は稀有の傑作だと思う。

それはあまりに幸福な融合である。

こんな風に書くと、何やら難解な内容を想像するかもしれないけれど、西澤保彦はそんな作家ではない。文章は平易で、すこぶるエンターテイメント性が高い。近頃ではそんな分類も意味をなくしつつあるけれど、ライトノベル的といってもいいかもしれない。

展開はミステリ読みにはお馴染みの推理合戦方式だし、心理的クローズドサークルともいえる舞台はすこぶる本格推理的である。メイントリックを支える伏線にもほとんど無駄がない。世界の反転と深い納得が、終幕と共に無理なく訪れる。

新本格ブーム以降のミステリに親しんだ人には、きっと感慨深い作品になると思う。それほど奇想に富んで端正な作品である。そして、新本格と聞いてピンとこない人なら、このラストに鮮烈な驚きを期待していい。小説世界に没入していればいるほどその衝撃は大きいはずだ。

やっぱりミステリは面白い。そう思える作品だった。

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