機本伸司『神様のパズル』(ハルキ文庫)

機本伸司『神様のパズル』(ハルキ文庫)機本伸司『神様のパズル』を読んだ。

キラキラしたアニメのような表紙ほどに気楽な作品ではない。主人公は内向的で内省的だし、ヒロインはツンデレに着地することもなく、最後まで我が道を歩き続ける。そもそも、表面的な書き分けはされているものの、全てのキャラクターに共通の暗さがある。

お陰でこの作品に描かれる大学生活は妙にリアルである。

要するに、爽やかな学園ドラマを期待して読む本ではない。青春モノにつきものの失恋や挫折は描かれるけれど、その先に分かりやすい成長が描かれるのはヒロインの天才少女についてだけで、ストーリーテラーたる主人公に到っては何をやっていたんだかわからない。

それに、ヒロインの「天才」は少々冠負けしている感がある。天才というよりは博識や博覧強記の類で、単に辞典的な才能の持ち主としてしか描かれていないのである。何しろクリエイティビティがないことはヒロイン自身が認めている。

彼女は試験には滅法強いだろうし、実務的なブレーンとしても優秀だろう。けれども、天才と呼んだのでは何かが違う。彼女はテクニカルな人間ではあっても、クリエイティブな人間ではあり得ない。そして、理系の先端というのはもっとずっと創造的なもののはずである。

この本の興味のひとつは「宇宙の作り方」にある。多分に創造的で哲学的な問いである。それは「物事の根本」を問う行為だからである。なればこそ、ヒロインを含む登場人物たちには少々荷が勝ちすぎている。必要なのは既存の知識ではなくクリエイティビティである。

ここで期待されるのがストーリーテラーたる主人公の存在ということになる。天才がおちこぼれの突飛な発想に期待する。これは一種のお約束ともいえる。ところが、これがまるで役に立たない。彼は議論を一般読者の地平に引き降ろすくらいの役割しか果たさないのである。

ヒロインに対してすらクリティカルな影響を与え得たとは思えない。

青春の甘酸っぱい感動を期待できない読者の興味は、否応なく宇宙論に向けられることになる。この辺りの割り切りは大したものだ。萌え路線を捨て、自意識の物語を捨て、ビルドゥングスロマンまで殆ど放棄してしまうのだから、よほど宇宙創造の着想に自信があったのだろう。

となれば、これをいかに愉しめるかが鍵ということになる。

観察されるものを端的に「ある」と信じてそれ以上考えない。それが日常を生きるということである。物が落ちるのは重力があるからだし、重力の大きさは質量の大きさに比例する。これで納得するのが日常性を保つ大人の態度である。

けれども、何故物には重力があり、しかも質量に比例しているのかという、さらなる問いが消えるわけではない。その背後には無限の問いが連なっている。ある現象を説明するための定理が発見される。すると今度はその定理を説明する定理が求められる。

この無限ループの先にあるのが宇宙論なんだろうと思う。とすれば、これは何も理系に限った問題ではない。無から生まれる有とは何か。とても文学的な問いである。だから、何もこれは、必ずしもSFとして読むべき作品だとは思わない。

事実、文系出身のぼくにも十分楽しめる内容だった。

学生たちの物事分かっているようでどこか浅薄な思考や、壮大な決意に比して卑小な着地…そんなイタい現実を余すところなく描いているところや、一方的な価値観に疑問を持たせるような視点にも好感が持てる。デビュー作でこれだけ書けるなら今後を期待してもいいと思う。

ところで、ラスト、ヒロインは予定調和ともいうべき変化を遂げて成長したというオチがつく。斜めから見ると、これは異端として生きる道を見限って、世間の物差しを知ることから始めようという、とても社会的教訓に満ちた結末とも読める。

そう考えると相当にオフビートな話でもある。

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comment - コメント

はじめまして&TBありがとうございました。

(引用)
青春の甘酸っぱい感動を期待で
きない読者の興味は、否応なく
宇宙論に向けられることになる。この辺りの割り切りは大したものだ。萌え路線を捨て、自意識の物語を捨て、ビルドゥングスロマンまで殆ど放棄してしまうのだから、よほど宇宙創造の着想に自信があったのだろう。

となれば、これをいかに愉しめるかが鍵ということになる。
(引用終わり)

ここを読んで、なんで私がこの本をおもしろいと思い、でもそしてだれにでもは勧めるわけにいかないと思ったかがわかりました。

とむ影さん、コメントありがとうございます。
個人的には比較的読者を選ぶ種類の話だという印象があるのですが、概ね世間の評判はいいようですね。映画化なんかもされるようですし。ただ、わざわざネットに評を書いたりするような人は、作品に好意的な人が多いのかもしれませんが…。

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