ロバート・A・ハインライン『夏への扉』(ハヤカワ文庫)

ロバート・A・ハインライン『夏への扉』(ハヤカワ文庫)ロバート・A・ハインライン『夏への扉』を読んだ。

今更これを読む。しかも初読である。これで、ぼくが全然SFファンじゃないことが知れる。買ってから知ったところによると、これはハードでも新奇でもないにも関わらず、多くのSFファンに支持されている名作であるらしい。

何も知らないくせに読む気になったのは、少し前に読んだ新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』に出てきた名前を書店で見付けたからである。ぼくは本の選び方にあまりこだわりがない。だから、その程度の理由でも十分に読む理由になる。

この作品が長く支持され続けている理由は読めばすぐに分かる。何しろ素直で読みやすい。晦渋な表現も無駄なガジェットも何もない。それでいて、いいように気持ちを持っていかれる。ストレートで正直な、一種の青春ストーリーである。

コールドスリープともっと直接的なタイムマシンが絶妙に交錯し、主人公ダンの人生を2転3転させていく。確かにその仕掛け自体はそれほど驚くようなものではない。にも関わらず、ダンの選択や心の動きはときに意外で、しばしば感動的である。

これほど心地好く感情移入できる主人公というのも珍しい。

ダンの不当な転落劇に憤り、不遇を嘆き、それでも前向きに走り出す姿に心打たれる。陥れられ、愛するものたちからさえ引き離されながら、まっすぐな心で立ち上がり、自分らしい人生を取り戻すために全力を尽くす。すべてが正のパワーに満ちている。

だから、この物語は復讐劇にはならない。

ダンの生きる目的は、先の幸福だけを見ている。八方塞がりに見える現状にも腐らず、次から次へと人生の扉を開けて回る彼の姿は、冒頭で語られる飼い猫の挿話に重なっていく。猫のピートは冬の間中、家中の扉の向こうに夏を探し続けるのである。

すべての猫好きに捧げられたこの小説は、けれども、この冒頭とあと少しくらいしかピートの出演シーンはない。それでも、やっぱりこれは猫好きに捧げられた物語であり、冒頭のそれがもっとも印象に残るエピソードであることに間違いはない。

本当に行き詰ったときこそ、夏への扉を探し続けること。

けれども、これはビジョンを持つ人間にだけ許された救済である。人生は必ずしも明確な夢や希望に彩られてはいない。だからこそ、序盤のダンは不甲斐ない姿を晒すのだろう。彼は確かに類稀な技術を持ってはいるけれど、とても普通の人間だと思える。

こうして終盤のカタルシスは約束される。

これをSFファンだけの名作にしておくのはもったいない。

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comment - コメント

TBありがとうございました。
名作でしょ、なぜ映画化もされずにいるのか不思議な作品です。 しかもSFファンでなくても面白く読めてしまうというところが「不朽の名作」と評価される所以かもしれません。

ぱいさん、コメントありがとうございます。
確かにこの本は全然SFファンじゃなくても楽しめますね。なんとなく海外SFと聞くとマニアックなイメージがあって尻込みしがちですが、そういう先入観は捨てた方が良さそうです。とくに往年の名作は、まだ変に先鋭化しておらず、ビギナーにも読みやすいのかもしれませんね。

TB、ありがとうございました。
あはは、ワタクシ、マニアックな部類ですね。
「夏への扉」は、夏になると必ず本屋さんの棚に平済みされますよね。
海外SFのなかで、そういった風物詩化しているものは他に類をみません。
ちなみに、日本文学で夏に一番売れるのは夏目漱石「こころ」だそうです。

TBありがとうございました。

 SF好きなわけではないですが、この本は別です。とっくに過去の未来にちょっとあこがれますw。

くろにゃんこさん、コメントありがとうございます。
SF作品が夏の風物詩というのも確かに面白いですね。しかも、夏が未だ見ぬ幸福な季節のメタファーなんだとすると、実は物語のメインは冬ってことになるんですよね。それでも冒頭のピートが夏を探すエピソードと、とびきりのハッピーエンド、そしてもちろんこのタイトルとが、作品と夏を結び付けてしまうのかもしれません。

ももんがさん、コメントありがとうございます。
昔の近未来ものの世界をぼくたちの今が追い抜いてしまったのを確認するのは、なかなかに面白いものですよね。これはもっとすごいことにってるなとか、ここまでの技術はまだ現実になってないなとか、そんな風に思いながら読むだけでも案外楽しめたりします。
虚構の未来といえば、2000年がやっぱりひとつの区切りだったように思います。そう考えると、古典ともいうべきウェルズの『タイムマシン』は初発にしていきなり突き抜けてますよねぇ。

はじめまして。
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多くの人に読んでほしいですね。

トラックバックなどいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。

> 藍色さん
読後感も好いですしかなり万人受けしそうな内容なだけに、広く読まれてないのは残念ですね。こうして、いろんな方がブログで紹介することで、少しでも多くの人に読まれるといいな、とぼくも思います。

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