大崎善生『ドナウよ、静かに流れよ』(文春文庫)

大崎善生『ドナウよ、静かに流れよ』(文春文庫)大崎善生『ドナウよ、静かに流れよ』を読んだ。

ドナウに身を投げた邦人2人を追ったノンフィクションである。ということに、一応はなっている。けれども。読み終えてみれば、これは私小説といった方がいいのではないかと思う。事実、ノンフィクションとしての成果はあまり多くない。

ただ、私小説としてみれば十分に感動的だ。

何よりも全篇を通して吐露される著者の感傷こそが、この本最大の魅力であり、最大の欠点なのである。亡くなった少女の母親との会話の中で、著者はクリティカルな言葉を投げつけられる。それは「事実」は個人の中にしかないという身も蓋もない批判である。

著者は自問する。そして、それでも客観的な「事実」はきっとあるんだと、実にロマンティックな考えを自分に許す。そして、その一片でも掴むことができれば、と前進するのである。けれども、著者の思惑を他所に、本書はどんどん「大崎善生だけの真実」に向かって突き進んでいく。

確かに、著者はある程度の時間をかけて取材し、19歳の少女と33歳の自称指揮者の男性が死に到るまでの足跡を追っている。けれども、そこで語られるのは常に著者の感傷であり、掴み得た事実の痕跡はあまりにも少ない。

そもそも死の後に残された情報自体が少なかったのだろう。死んでいったふたりは、あまりにも孤立していた。だから、関係者たちの証言も実に断片的で、要領を得ない。少ない時間接しただけの、相当に恣意的な印象論を超えないのである。

そんな情報をたどたどしくかき集めながら、著者は自分の納得できそうな真実をただただ求め続ける。それは無垢な少女と弱い男の愛の物語へと収斂されていく。そこに到る根拠はないに等しい。すべては著者が切望し、創造した真実である。

この真実創造の物語がこの本を感動的なものにもし、不愉快なものにもしている。それは著者の執筆姿勢が、取材対象に対してあまり誠実とはいえないからである。著者が誠実だったのは、いつも自身の感情に対してなのである。

だから、やっぱりこれは私小説なのだと思う。

様々な不幸や不運に見舞われ、異国に渡り、孤独に打ちひしがれ、やがて怪しげな男と心中してしまった「無垢な少女」を幻視する40半ばの男の物語。それが、この本の真の姿である。だから、少女の死は至高の愛の結果でなければならなかったのだろう。

もちろん、提示された情報だけを拾えば、まったく別の解釈なんていくらでも可能だ。もっと救いのない結論だって簡単に導き出せるだろう。例えばふたりの関係を「深い愛情」ではなく「共依存」に読みかえるだけで様相はガラリと変わってしまう。

けれども、いい大人がそんな希望的観測ともいえるロマンティシズムに、恥ずかしげもなく身を預けようとする。その姿こそが、ラストに用意されたカタルシスの正体なんじゃないだろうか。そして、それが大崎善生という人の作家性なんだろう。

いずれにしても、正負によらず心乱される作品だ。

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