井上雅彦監修『異形コレクション オバケヤシキ』(光文社文庫)

井上雅彦監修『異形コレクション オバケヤシキ』(光文社文庫)井上雅彦監修『異形コレクション オバケヤシキ』を読んだ。

律儀にもお盆にちなんでみたわけだ。怪談と夏にどんな関係があるのかは知らないけれど、夏には夏らしく振舞うのが季節を楽しむということだろう。考えてみればホラーらしいホラー小説を、ずいぶん長く読んでいなかった気がする。

ぼくは初期の頃の「異形コレクション」を何冊か持っている。廣済堂文庫から出ていたものだ。いつの間にか版元を光文社に移し、もう通算で33冊目にもなるらしい。よく続いている。要するに広義のホラー・アンソロジーで、毎回テーマに合わせた書下ろし短編がたっぷり読める。今回のテーマはそのものズバリのオバケヤシキ。そこには19もの趣向を凝らしたアトラクションが用意されている。プロの作家による18篇と、公募により選ばれた最優秀作が1篇。実にバラエティに富んでいる。

一口にオバケヤシキといってもその守備範囲は広い。遊園地にあるそれはもちろん、廃墟となった邸宅や、開かずの間、住居人が居付かないマンションの一室など、例を挙げればキリがない。一篇読み終えるたび、次はどんな場所に連れて行ってもらえるのかと、ページを繰る手が止められない。

ホラーが苦手だという人がいる。逆に、ホラーはツマラないという人もいる。ぼくはホラーが好きだけれど、どちらの気持ちも解からなくはない。

ぼくは幼い頃から怖いもの見たさに逆らえない性格だった。怖がりの癖に、だ。お陰で、夜眠れなくなったことも一度や二度ではない。小学生にあがり自室を与えられ、ついに念願のベッドを買ってもらった時もそうだった。昼間見たオカルト本が脳裏にへばりついたまま離れない。結局、掛け布団と枕を引き摺って、両親の寝室に押しかけることになった。

それでも怖いもの見たさは治らず、そのうち今度は耐性がついてしまった。怖さを演出するパターンに慣れ、想像の恐怖に怯える無意味を悟ったわけだ。冷静は恐怖の敵である。要するにホラーを冷静に眺めるようになってしまったのだ。これで、一気にホラーがツマラなくなった。怖いもの見たさというのは、文字どおり怖いものに対する好奇心であって、どうせ怖くないとなれば興味を失って当然だ。

それでも、何故か完全にホラーから離れることはなかった。映画の影響は大きい。コケ嚇しばかりじゃない面白さがそこにはあった。以来、想像力を喚起する悦びや、著者の工夫や趣向を愉しむ術を覚えた。

ホラーというのはかなりの部分をテクニックに負うジャンルだと思う。つまり、職人的な追求がホラーを面白くするわけだ。映像のない小説では、さらに想像を掻き立てるようなもてなしが必要となる。そして、その技術の粋を凝らした舞台で、読者は思う存分想像の羽を広げ、著者の歓待を受けるのである。なんてサービス精神旺盛なエンターテイメント・ジャンルだろう。ここに遊ばない手はない。

たった一冊の本で、暑いばかりの部屋が極上のホラー・アトラクションに変わるかもしれないのである。


【収録作品】
・西崎憲「週末の諸問題」
・加門七海「美しい家」
・南条竹則「ゴルフ場にて」
・倉阪鬼一郎「四」
・三津田信三「見下ろす家」
・福沢徹三「お化け屋敷」
・小中千昭「DEATH WISH」
・樋口明雄「マヨヒガ」
・安土萌「世界のどこかで」
・北原尚彦「屍衣館怪異譚」
・山下定「テロリスト」
・桜庭一樹「暴君」
・大槻ケンヂ「ロコ、思うままに」
・森真沙子「昼顔」
・井上雅彦「彼と屋敷と鳥たち」
・菊地秀行「二階の家族」
・朝松健「邪曲回廊」
・丸川雄一「轆轤首の子供」

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