澁澤龍彦『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(学研M文庫)

澁澤龍彦『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(学研M文庫)澁澤龍彦『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』を読んだ。

著者最後のエッセイ集だ。1980年代前半から、咽頭癌で幽界の人となる1987年までに書かれたものが、テーマに依らず幅広く採られている。身辺雑記的なものも含む随想、書評や推薦文など書物関連の短文、絵画や写真などビジュアル方面の作品に寄せて書かれたもの、博物学的興味に寄り添って書かれたエッセイ、東京や鎌倉周辺の今昔、そして、生前かかわりを持った文人たちへの追悼文。

著者の人となりが偲ばれる、比較的珍しい著作だと思う。龍子夫人の手になる「あとがき」もいい。文字通りの最愛を誓い、実践するため、敢えて子を成さない人生を選んだというのだから、その絆の深さが一通りでなかったことは想像に難くない。夫に先立たれて二年余、星霜に削がれぬ哀惜の念が滲む、胸に沁みる文章だと思う。

以下、個人的なことを書く。

ぼくは、学生の頃初めて触れた澁澤本に魅せられ、河出文庫の「澁澤龍彦コレクション」をよく読んでいた。そこに紹介される幾多の人物や挿話は、エロスとタナトスに彩られ、異端の香りに満ち満ちていた。決して冗漫に語られるのではない。そんなめくるめく耽美の世界が、硬質で端正な文体で綴られているのである。

ぼくが著者の本を読み始めたとき、すでに彼の人は鬼籍に入っていたわけだけれど、その独自の美学とダンディズムに惚れ、憧れを抱かずにはいられなかった。もちろん、著者が好んで俎上にのせる幻想文学、異端文学の数々にも惹かれてはいたのだけれど、さほど読書家ではないぼくが実際に手にし、読んだ本はとても少ない。それよりも一貫して異端、幻想を偏愛する著者の姿勢そのものや、怜悧な文章に魅力を感じていたのだと思う。

ぼくが一時オカルティズムに傾倒したのも澁澤龍彦の影響だった。『黒魔術の手帖』でその価値観の多様性に蒙を啓かれ、コリン・ウィルソンの『オカルト』なんて百科事典的な本を読んだりもした。果ては大学の卒論にまでオカルトがらみの話を採りあげたりと、結構なハマりようだったと思う。

なんて書くと思い入れたっぷりに見えるけれど、実はそれほど網羅的に著作を読んだわけでもない。前にも書いたけれど、ぼくは、かためて同じ著者の本を沢山読むということをしない。だから、未読の著作はまだまだいくらでもある。著者が亡くなってはや18年。もうその著作が増えることはない。けれどもぼくは、これからも折に触れて、澁澤本に手を伸ばすことができる。

思い立って帰る場所があるというのは幸福なことだと思う。

related entry - 関連エントリー

trackback - トラックバック

trackback URL > http://lylyco.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/83

comment - コメント

コメントを投稿

エントリー検索