小川洋子『薬指の標本』(新潮文庫)

小川洋子『薬指の標本』(新潮文庫)小川洋子『薬指の標本』を読んだ。

この本には、表題作と「六角形の小部屋」という2篇が収められている。共通しているのは、非日常を生業とする人たちが描かれていること。「薬指の標本」の標本室、「六角形の小部屋」の語り小部屋、どちらも人の心を扱うところが良く似ている。宣伝もせず、看板も出さず、普通は見つけられないような立地にもかかわらず、それが必要な人にはちゃんと見つけられるという、どこか都市伝説めいた設定もいい。

「薬指の標本」で描かれる恋愛を綺麗だと感じるか、グロテスクだと感じるかは、読み手の感性によるところが大きいと思う。それこそ嶽本野ばらのいう「乙女」が憧れる恋愛の形かもしれないと思うと、耽美小説のような気さえする。

依頼されればどんなものでも標本にするという標本技術士。元女子専用アパートだったという古式床しい建物。アパート時代から住みついているふたりの老女。和文タイプに活字盤。贈られた黒の革靴。保管されているたくさんの標本たち。

こうした道具立てのなかで、主人公の女の子、「わたし」の初めての恋愛が描かれる。それは淡々として一途な感情だ。一見、標本技術士の行動は理不尽で、「わたし」の決断は盲目的に見える。けれども、それは余りに一面的なものの見方だろう。それは「わたし」の言葉をきけば解かる。

この靴をはいたまま、彼に封じ込められていたいんです。

帯にも引用されている一文だ。これだけだとやっぱり受動的な印象が強い。けれども、最後までちゃんと読めば、この言葉がいかに能動的な意味を持っているかが分かる。

だからこそ、ぼくはこの話を綺麗だと思う。

純愛は狂気に近いなんて喩えは陳腐なものだし、それをただ異形の愛として面白おかしくに扱ったのでは物語として底が知れている。「薬指の標本」は全然違う。異常性や意外性を売らず、かといってありふれた恋愛小説でもない。

予想通りのラストなのにとても印象的で胸が騒ぐ。

なかなかできることじゃない。いい本を見つけたと思う。

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